あなたに捧げる不機嫌な口付け
短くインターホンを鳴らして、了承を待たずにさっさと扉を開ける。


私が行くときは、電話で確認が済み次第、大抵鍵を開けて待っていてくれる。


「お邪魔します」

「いらっしゃい」


リビングで出迎えた恭介さんが、こちらに不満げな顔を向けた。


「祐里恵ってさ、いっつもお邪魔しますって言うよね。全然お邪魔じゃないからなんかやだ」

「……は?」


何を言ってるのこの人。ただの慣用句でしょ。


私が恭介さんに思うことの最大三つは、『は?』と『嫌』と『この変態』なんだけど、恭介さんは今日も通常運転らしい。


ああ、今日も平和だなあなんて現実逃避したくなるくらいには、いつも通りおかしい。


「じゃあなんて言うの、たとえば」


呆れながら聞くと、恭介さんは間髪入れずに即答した。


「ただいま、とか」

「は?」


反射で頭が理解を拒む。


思ったより低くて不機嫌な声が出た。


「そうしたら恭介さんはおかえりって言うの?」

「うん」


大真面目に頷く恭介さんに眉をしかめる。


こちらこそ即答である。
< 152 / 276 >

この作品をシェア

pagetop