素直の向こうがわ【after story】


「徹?!」

「静かに」


思わず名前を零すと声を潜めた徹の声がして、すぐに抱きしめられた。


「外から見えたんだ。おまえが歩いてるの。気付いたら走ってた。先回りしてここに潜んで待ってた」


身体が全部包み込まれちゃうんじゃないかってくらいに抱きしめられて、身動き一つ出来なくなる。

伝わってくるのは徹の鼓動と本当に走って来たんだっていうのが分かるまだ整っていない息遣い。


「びっくりした。こんなところにいて時間大丈夫なの?」


抱きすくめられたままという状態なのに、冷静なことを聞いてしまう自分が可笑しい。


「少しなら平気。そんなことより……。文子に会いたくてたまらなかった」


私を抱きしめる腕の力がさらに強まる。
窒息してしまいそうなほどに抱きしめられて私は黙ってなされるがままになった。

こうして抱きしめられるのも触れられるのも久しぶりで、この感触が懐かしい。

徹に包まれるとやっぱり心が落ち着いて来る。
自分からも徹の胸に顔を埋めた。


「……だから、少しだけこのままで」

「うん……」


私の背中に回されている手の力は強いのに、とっても優し気に触れて来る。


「会えないのは俺のせいなのに、この二か月限界だったのは俺の方かも」


私の肩に顔を埋めながら少し掠れた声で徹が言う。
その声色に、徹の気持ちが込められているような気がした。


「うん」


今だけは甘えてもいいような気がして、徹にただ身を委ねた。


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