素直の向こうがわ【after story】



整形外科の病棟に着き、教えられた部屋に周囲をうかがいながら入った。

窓際の一番奥のベッドに身体を起こしている徹の姿が見える。



「徹!」


私はその姿を見て、身体から一気に力が抜けて行くのが分かった。
倒れ込むようにベッド脇へと駆け寄る。


「文子……、どうした?」


そんな私に驚いたように目を向けて来た。


「どうしたもなにも、大怪我したって聞いて。それで、大丈夫なの?」


まじまじと徹の姿を見ると青い医療従事者用の作業着のままで、片方の肘がギプスで固定されていた。


「大怪我なんて大袈裟だな。肘の軽い骨折だよ。そんなに骨のずれもないし手術も必要ない。ホントならこんなところにいる必要ないんだけど、先生たちが医局にいたらゆっくり休めないだろうからって、無理矢理」

「そうなんだ……。本当に良かった。生きた心地しなかったよ」


私はベッド脇に置かれていた椅子に座り込んだ。


「それで、こんなところまで来たのか?」


私はこの数分の間の激しい鼓動がまだ収まらなくて、ベッドの真っ白なカバーに突っ伏した。
本当に怖かった。

もしも、とんでもない大怪我だったら。
何か致命的な傷でも負っていたら――。

そんな想像が嫌でも押し寄せて来て、恐怖で身体が震えた。


「心配してくれたんだ」

「当たり前でしょ」


私は突っ伏したまま声を上げる。
ずっと走っていたから荒い呼吸を整えていると、私の頭にふわっと大きな手のひらが落ちて来た。


「心配させて悪かったな」


優しい声と優しい手のひらで、やっと心を落ち着けることが出来た。


「もう、こんなの勘弁だよ」

「はいはい。これからはもう少し気を付けるよ」


徹の不注意でけがをしたのではないということは分かっている。
でも、階段から転げ落ちるなんて打ちどころを間違えば、後遺症が残るような怪我やもしかしたら命を失うようなことだって有り得る。
そう思うと、責めずにはいられなかった。

そんな私の気も知らずに、呑気な声で答える徹に腹が立って顔を上げると、少し困ったように笑う徹の顔があった。

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