エリート外科医の一途な求愛
「『行って来て』……ね。葉月、教授からはなんて聞いてる? 一ヵ月や二ヵ月の出張とは意味が違うんだぞ」


私の言葉のニュアンスを鋭く捉えて、各務先生はそう言った。
私は自分のシャツの胸元を、無意識に握り締める。


「最低でも、三年」

「そう、『最低』。……その意味、わかってんだろ」


各務先生は、私の理解を確かめるように、曖昧に的を逸らした聞き方をする。
私はそれに、ただ頷いた。


「それでも、行って来てって言うのか」


ちょっと固く強張った声に、私は一瞬躊躇いながら、もう一度首を縦に振った。


「『待ってる』。そう言われたって思っていいのか」


更に心を探るようなその言葉。
私は触れそうな距離で向き合う私と彼の足の爪先に、視界の焦点を合わせた。


各務先生がいつもの調子で強く踏み込めずにいるのが、よくわかる。
彼がアメリカに行ったら、いつ戻ってくるかもわからない。
昼間千佳さんが呟いていたように、もう戻って来ないことも十分に考えられる。


そんな人を、私は待てるんだろうか。
自信はない。
だからもちろん、私は各務先生に約束出来ない。
頷くことは、出来なかった。


「……わかった。言わなくていい」


私がほんの少し頷くのを待っていた各務先生が、掠れた声でそう言った。
両方の肩をギュッと掴まれる。
そのまま、力任せに引き寄せられた。
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