エリート外科医の一途な求愛
「でも先生。そんな理由じゃ、ダメです」


思い切ってそう告げた時、各務先生は私のサイドの髪に指を通していた。
その手が、『え』という言葉と共にピタリと止まる。


「他のたくさんの命より私を大事にするようなドクターじゃ、ダメですよ」


そう言って微笑みながらゆっくり顔を上げた。
彼は無意識の様子で、私の髪をギュッと握り締めている。


「先生、言ったじゃないですか。未知の領域を怖がって踏み出さないドクターじゃ、存在自体無意味だって」


彼の手が、私の耳元でピクッと震えた。
私は目を伏せながら、その手にそっと自分の手を掛ける。


「……そんな各務先生じゃ、カッコ悪いです」


私の言葉に、各務先生はハッと短く浅い息を吐いた。


「言うね。情けない俺じゃないと、君を安心させられないんじゃなかったっけ」

「それ以前の問題です。ドクターとして、尊敬出来ません」


私の返事を聞いて、各務先生が苦笑を漏らす気配を感じた。
私はゆっくり目線を上げて、彼の口元に視界の焦点を合わせた。


「……先生、アメリカに行ってください」


小さな黒子のあるその口元が、わずかに震えるのを見た。


「行って来て……ください」


言い返される前に、畳み掛ける。
各務先生はキュッと唇を引き結んだ。
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