エリート外科医の一途な求愛
「俺も一度医局に戻るところだ。どうせ同じ場所に行くのに、放っておくって言うのも非情だろ」


なんの反応も返せずにいる私に、各務先生がそう言って溜め息をついた。
その窘めるような口調に、私は恐る恐る顔を上げる。


「……すみません。ありがとうございます」


私がそう言うと、彼は小さく頷いて通用口から先に足を踏み出した。
私もその後を追い、直ぐに隣に並ぶ。


午後の中途半端な時間、突然強まった雨のせいか、キャンパス内を歩く人の姿は少ない。
雨に濡れたレンガの石畳を踏み締める二人分の靴音は、ぴったりと重なることはなく、ちょっとバラバラとした音を立てる。


さっきあんな言い合いをしてしまった後で、さすがに各務先生も黙ったまま。
サアッという雨の音が、やけに耳に大きく響く。
私も何を言っていいかわからず、結局なにも言い出せないから、とても気まずい。


意識して真っすぐ歩かないと、腕がぶつかってしまいそう。
私は自分の靴の爪先ばかりを見つめたまま、議事録を抱える腕に無意識に力を入れ、出来る限り身体を縮込めていた。


そんな私の頭上で、各務先生がふうっと息をつくのが聞こえた。
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