エリート外科医の一途な求愛
職員通用口まで戻り、議事録を胸に抱えたまま、私はガックリとこうべを垂れた。


そうだった。雨――。
この雨脚の強さじゃ、医学部棟に戻る間に、私だけじゃなく議事録までびっしょり濡れてしまうのは目に見えている。


この通用口にはちょっと前まで傘立てがあって、放置されたビニール傘を拝借することもできたのに、いつの間にか撤去されてしまったようだ。
つまり、雨が弱まるのを待つか、今来た廊下を引き返して誰か知り合いに傘を借りるしか、とるべき手段は残っていないと言うこと。


自分の腕時計に目を落とし、そのまま空を振り仰ぐ。
この分厚い雲を見る限り、止むのを待つという選択肢は却下。
教授も後三十分もしたら外出してしまうし、その前に資料を渡さないと。
となると、院内に引き返すしかない。


一度大きく溜め息をつき、気を取り直して中に戻ろうとした時。


「俺で悪いが、良かったらどうぞ?」


そんな声と同時に、大きな黒い傘が差し掛けられた。
フッと隣に並ぶ白衣の裾が、私の横目に映り込む。


顔を向けなくても、その声と気配で誰かはもちろんわかってる。
だから私は肩を強張らせるだけで、顔を上げることもできないまま俯いた。
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