暗黒王子と危ない夜


パンッ、という乾いた音が響く。


何が起こったかわらからなかった。


水を打ったように、しん…と静まり返る。


気づいたときには──中島くんの上に被さるようにして、本多くんが倒れていた。



撃ったのは……、今ここにいるはずのない人。



「……牧野?」


灰田くんが、そう声を落とす。



牧野は入院している。

灰田くんは、確かにそう言っていた。

嘘ではないはず。


だって、今銃を放った男は、病院着を身につけていて……。


それなのに、どうしてここに。

頭が追いつかない。



──本多くん、が、撃たれた……。



コンクリートの地面に赤が広がっていく。



「深川さんが本多を殺してくれると思ったのに! 信じてたのに……っ 」



そう言うと、牧野はがっくりとうなだれた。

たぶん……正気を失っている。



本多くんの重みで意識がもどったのか、中島くんが、はっとしたように体を起こした。


横たわる本多くんを見て、しばらく呆然とし。

それから、ゆっくりと牧野を見あげた彼。



「……テメェ、」


昏い光を宿したその瞳に、びくりとした。



「──まずい」


我に返ったように呟いた慶一郎さんが、中島くんの元へ歩み寄る。



「っ琉生君、だめだ。動いちゃいけない」

「うるさい離せ!」


肩から流れる血が体の輪郭を伝い、地面に液溜まりをつくる。

床に広がる赤は、もう、本多くんと中島くん、どちらのものかわからなかった。



「琉生君! 傷が広がって死ぬぞ!」



慶一郎さんはそう叫ぶと、ジャケットから煙草を取り出し、火をつけた。

肩を掴み、もう片方の手で、火のついた煙草を中島くんの口元にもっていく。



「落ち着いて。ゆっくり吸って……吐いて。
……そう……いい子だ」


抵抗をやめた中島くんの背中を、慶一郎さんは
やさしく撫でて、抱きしめた。




「……七瀬……、死なないで……」


慶一郎さんの胸に顔をうずめて。

中島くんの涙で震えた声が悲しく響いた。

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