◆あなたに一粒チョコレート◆
結局瑛太は心配しただけで、私を責めなかった。

不用意に練習してる場所に近付いた事を怒られると思ったのに。

その時、急に菜穂の言葉が脳裏に蘇った。


『春がひとりでキレてるんじゃん』

『浅田が気の毒』


……なんか……あの時はそんな事ないって思ってたけど、今は菜穂のこの言葉が間違いじゃない気がしてきた。

あの雑誌も、バニラの香りの谷口さんも、いつまでも瑛太を『昔』という名の思い出の中に閉じ込めていた事も。

なんか私ばっか空回りしていたみたいな気がする。

恥ずかしくて情けなくて、少し胸が苦しい。

私は何も言えなくなって、ただ黙って歩いた。

瑛太もなにも言わなかった。
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