スターチス
未央 × 葉介【完】

Ex-boyfriend

「今夜付き合ってくれなきゃ泣くから!!」

仕事も終わって更衣室で着替えていると、同期入社の栞が叫んだ。

「やめてよ。叫ばないでよ」
「叫ぶわよ!彼氏にフラれたのよ?!慰めてくれたっていいじゃない!!」

散々せがまれて結局やけ酒に付き合うことになった私はいつも行く居酒屋に顔を出した。

高校を卒業してすぐ就職。
実家に住んでいるけど、電車で通う程度の少し離れた場所に勤めている。

栞は唯一の同期入社の同僚で、入社初日からハジケていて、私とは正反対だと思っていた。
でも5年も経てば懐かれて、今では私から離れてくれず、何かあればこうして付き合わされる。

素直で真っ直ぐで、ひとつのモノしか見えなくなる栞が可愛いと思うし羨ましいとも思う。
私にはない素敵なところ。

「こんばんはー。うわ、今日は人がいっぱいだね」

店の外からも声は聞こえていたけど、今日は珍しく団体のお客様がいるらしい。
いつもは常連しか来ない店で気に入ってよく来ていたけど、こんな日もあるらしい。

マスターに「空いてる?」と声を掛けると「お、待ってな」と店員の子に声をかけ、奥の席が空いてると教えてくれた。
店の入口に団体が座っているから少しは気を利かせてくれたんだろう。
栞を前に出し、後を続いて奥に入った。

「今日は団体がいるんだね」
「そうなんです、同窓会みたいで。個室にしたんで声はマシにはなると思うんですけど、インターホンないんで注文あれば襖開けて下さい。私、ちょこちょこ見てますから」

いつも入ってるバイトの子がそう言ってくれて安心した。
飲み物だけ頼んでジャケットをかけ、奥に座る栞に「大丈夫?」と声をかけた。

「大丈夫じゃない!あたしがフラれてどんなにショックだか未央はわかってない!!」

まだアルコールを口にしていないのに酔っぱらいの口調。
これは今日も荒れるな…と思って、一杯目だけお酒を頼んであとはお茶にしようと決めた。

「だぁーから!あたしはこおぉぉぉんなにひろがすきなのにどうしてわかれなきゃなんないのぉ?」

飲み始めて‪1時‬間。
飲むペースが早かったわけでもいつもより飲んでるわけでもない栞が管を巻き始めた。
こうなると先は長いし、終わらせるには寝かせるしかない。

早々に切り上げようと襖を開け、バイトの女の子を呼ぼうと思ったら勝手に開いた襖。
え?と思い、顔を上げると見たことのあるような顔があった。

「…間違ってたらごめん、未央ちゃんだよね?」

綺麗な女の人が訪ねてくる。
「そうですけど」と答えると「やぁっぱりそうだよ!」としゃがんで視線を合わせた。

「あたし、覚えてる?高校同じだった夏芽!葉介とよく話してたんだけど」

“葉介”――久しぶりに聞く懐かしい名前に連鎖反応して出てきた高校時代の夏芽ちゃん。
ずっと記憶の中に眠っていたけど、高校生の時に私はこの子にずっと嫉妬していた。

「覚えてるよ。久しぶりだね」

笑顔が全く変わってないよー!と夏芽ちゃんも変わらない笑顔で笑ってくれる。
ほとんど接点がなかった私を覚えてくれていて、普通に話しかけてきてくれたのは嬉しかった。

入ってきた時は全く気付かなかった。
相変わらずすごく綺麗で人懐っこさは変わらない。
遠くから見ていた5年前の夏芽ちゃんのまま。
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