スターチス

ほどけぬ糸


「長谷川、これ今日中に頼むな」
「わかりました」

資料を渡されデスクに戻る。
年末に向けて忙しい日が続いてる。
友達の栞とも連絡が取れず気を休める間もない。

時間を確認し、とりあえず昼休みを取りに朝コンビニで買った昼食の袋とバッグの中に入っている財布と携帯だけが入ったセカンドバッグを持って部署を出た。

長い夏が過ぎ、昼間も涼しくなってきたから今日は公園で食べようと決めていた。
会社を出てすぐの市営の公園のベンチに腰をおろし、携帯を出してからパンを口に入れた。

昔から大勢でいることが得意じゃなかったから昼休みは大抵一人で、その時のタイミングで同僚と食べたりする。
それでも一人の方が圧倒的に多く携帯が昼休みの友になる。

受信の知らせが今日もあり、いつものようにメールを開くと自然と溜息が出た。

ここ数週間、毎日必ず届くメルマガと隔日で送られてくるメールがある。
メルマガは消して、その他は目を通すだけでホームボタンで消してしまう。
その日の内にメールのやり取りが2回以上続いた事はない。

居酒屋で偶然再会した次の日から送られてくるようになったメール。
受信した時に名前の表示はなかった。
それなのにいつまでも覚えていた番号のせいで送信者が誰だかすぐにわかった。

あの頃は番号なんて絶対に忘れたりしなかった。
着信があれば名前が出るはずなのに何故か番号を丸覚えしていたし、いつだって電話をかけられるようになっていた。
それが数年経った今でも覚えていた自分に驚く。

今の時代、無料で連絡が取れるアプリが存在するのに彼は何も聞かず、昔と変わらずメールでやりとりをする。
あの頃を思い出させるような行動に最初は胸が高鳴ったけど、今は苦痛でしかない。
苦痛というのは語弊があるけど、でも苦くて痛い。
この先、どうしていけばいいのかわからない自分がいる。

いつもあたしからメールを送っていた。
彼からメールをくれることはほとんどなくて、何をするにもあたし発信だった。
いつだって彼は忙しかったし、あたしとの時間以外は他の誰かといた。
実際は違うかもしれないけど、あたしにはそう見えていた。

いつだって誰かに囲まれて笑顔だった彼を今でも覚えてるし、あたしと一緒にいる時には見ない顔だったからいつも嫉妬していた。

今更こんな風に連絡が来てもどういう風に接すればいいのかわからない。

「“会いたい”かぁ…」

もう何度も繰り返されるこのフレーズを呟いて、でもどうにもできないから溜息で消した。

終業時間間際、書類が片付かないのがわかってたから前もって残業報告に行って、次々に帰る同僚に挨拶をしながらコーヒーを買いに出る為にセカンドバッグを持って部署を出た。

あっさりと資料を受け取ったものの量が半端ないことに気付いたのが休憩を終えてデスクに戻ったとき。
ゆっくりランチなんてとってる場合じゃなかったと後悔した。

結局、誰も残らない部署内。
このご時世、誰も残業なんてしないよね~と思ってると鳴ったバイブ。
今は携帯なんて見てらんないのよ、と無視してパソコンと向かい合った。

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