スターチス
ちず × ゆく【完】
カテキョに恋スル
「まーた雨だ‥‥」
もう何日も続く雨。
「今日来ないかもな」
現在17時40分。
テーブルの上には数学のテキストと書き荒らしたノートと芯が出たままのシャーペン。
勉強してたけど雨の音がうるさくて集中出来ない。
というのはただの言い訳だけど一応テキストと向かいあってはいた。
ベッドに座って窓を眺めると灰色に繋がる空と降り続く雨。
「やる気でない」
「そう言うなよ」
ノックも無しに部屋のドアが開いて、あたしの独り言に入ってきたのは、去年から家庭教師をしてくれてるゆーくんだった。
「ゆーくん、濡れてる」
「大雨だもん」
ゆーくんの大好きなチノパンの裾が雨で濡れて歩く度に跡を付けながら部屋を濡らす。
靴下は玄関で脱いできたみたいだけど、その時にパンツの裾も捲ってきてほしかった。
それを伝えると「うわ、ごめん」と言いながらも裾は上げてくれない。
その上、その跡を見ながら部屋をくるくる回る。
このままじゃ自分の部屋が水浸しになりそうで勉強どころの話じゃない。
「ミキ兄の服持ってこようか?」
「ミッキーの?あー、じゃあジャージ貸してもらおうかな」
私は部屋を出て隣にあるミキ兄の部屋からジャージを取り出し、下に降りてタオルを取ってから部屋に戻った。
「はい、ゆーくん」
「お、ありがとう。つか何回も言うけど、その“ゆーくん”やめて」
「どうして?」
ゆーくんは私が持ってきたタオルで髪を拭きながら「う~ん」と唸りながら理由を考えてる。
唸ったままミキ兄のジャージに穿きかえるために濡れたチノパンを脱ごうとして止めた。
「ちず」
「ん?」
「俺の生着替え見るの?」
「見られたくないの?」
そりゃそうだろ、と溜息吐いてベルトを外しはじめる。
見られたくなきゃミキ兄の部屋に行きゃいいじゃん、と思うけど、ゆーくんは移動しない。
見られたくないとか言いながら何も言わず着替えるゆーくんをじっと見てたけどチャックを下ろした時点で見るのを止めた。
さすがにこれ以上は気まずい。
「見てるんじゃなかったの?」
「ゆーくんのパンツなんて興味ないし見たくない」
ゆーくんの生着替えが視界に入らないように俯きながらテーブルに戻りテキストに向かう。
30秒も経たない間に私の隣に枝豆抱きまくらを抱えながら「今日はミッキーだったんだぞ?」と残念そうに言う。
ゆーくんは面白半分で言ったんだろうけど、あたしにとっては複雑。
わかってて言うところがゆーくんだけど。
クーラーで冷えた体の左側が、ゆーくんが隣に座ったことで温もりを感じる。
いつも隣に座って教えてくれているのに今日はなんだか違う。
なにが違うのかは今はわからないけど、多分ゆーくんとの距離がいつもより近いせいだと思う。
だからなのか、いつもより心臓が早く動いてる気がする。
「ちず」
「……なに?」
「さっきから問題解いてるのはいいけど、間違えまくってる」
「わかってんなら次の問題に行く前に教えてよ!!」
心臓の早さなんて忘れて答えを間違えていたまま放置された恥ずかしさで顔が赤くなる。
間違いを黙ったまま放置されるのは間違えてすぐ注意されるよりも恥ずかしい。
どこを間違えているのか考えればいいのに恥ずかしさのあまり書いていた計算式も全部消してしまって、「消しすぎだから」と怒られた。
「間違えたところだけ消せばいいの」
「どこが間違えているのかわからないもん」
「考えてないだけじゃん」
バッサリ言い当てられて口を開かなくなった私の隣でゆーくんは小さく笑う。
ゆーくんはたまに私の行動に対して何が面白いのかわからないけどクスクス笑う。
その理由は聞いても教えてくれない。
秘密だよ、と言って笑うだけ。
今のも聞いたって教えてくれないから黙って消した問題を解きなおすことにした。