イジワル上司に甘く捕獲されました
その日は朝から特に差し迫った仕事もなかった。

「藤井、俺にチョコレートは?」

「何のですか?」

「……お前、今日何の日か知ってるだろ」

「当支店では男性社員にバレンタインデーのチョコレートを配る習慣はありません」

「そんなこと知ってるよっ。
そうじゃなくて、藤井っっ」

桔梗さんはこんな調子で、朝から藤井さんにバッサリ言われていた。

金子さんと私はそんな二人の様子を見ながら苦笑していて。

普段と変わらない穏やかな日常だった……筈なのだけれど。

「橘さん、電話です。
プロジェクトチームの方にってセンターの高井さんから。
責任者の方にってことらしいんですけれど、今、瀬尾さんも峰岸さんも外出中みたいなんで、とりあえず話を聞いていただけますか」

「あ、はい。
わかりました、ありがとうございます」

受話器を取った私に、藤井さんがかわろうか、と口パクで言ってくださったけれど、藤井さんはお昼休みの時間だったため、私は丁重に辞退した。

「お電話かわりました、橘です」

「ああ、橘さん。
お疲れ様、高井です。
瀬尾くんと峰岸くん不在なんだって?」

私も何度か話したことのある関東の事務センターの男性だった。

「そうなんです。
今日夕方まで外出予定になっていまして……何かお急ぎですか?」

「ああ、いや、参ったな……こっちから発送する予定だった案内書が手違いで直接そっちに送られたらしいんだよ。制度開始日を記載してあるから、その前には発送しなくちゃいけないんだけど、こっちに送り返してきてたら間に合わないんだ。
申し訳ないけど、今回はそっちから発送してほしいんだよ。
多分モノが到着するのは明日くらいだと思うからさ」

「……あの、高井さん。
それ、私では判断できないんですけど、すみません。
とりあえずその旨を上司に伝えますので、折り返し連絡させてください」

焦る私に高井さんも困ったように話す。

「……いや、判断も何も、もう発送済みなんだよ。
悪いんだけど、とりあえず、瀬尾さんに伝えておいて」

そう言うだけ言って高井さんは電話を切った。




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