イジワル上司に甘く捕獲されました
軽快な玄関の呼び出し音が聞こえて。

ガチャッとドアを開けると。

何故か仏頂面の瀬尾さん。

「あ、あの、すみません……お仕事帰りに突然」

やっぱり迷惑かけたかな、と反省していると。

「……違う。
せめて、相手を確認してからドアを開けろよ。
……俺じゃなかったらどうするんだ?」

「……え?
あ、はい、すみません……」

無用心過ぎ、と私の額を長い指でつついて、上がるぞと言って瀬尾さんは部屋に入っていった。

瀬尾さんが通りすぎた後からはいつもの彼の香りが香る。

心配してくれて仏頂面だった……?

そのことが何だか嬉しくてぽうっと胸の中に灯がともったような気分になる。

つつかれた額を押さえて、頬を緩ませていると。

「……何ニヤケてるんだよ?」

くるっと振り向いた瀬尾さんに思いっきりしかめっ面を返されてしまった。

「い、いえっ。
あ、あの、ヒーター、こ、ここを押したらいいんですよね?
調節はヒーター下のダイヤルですか?」

何か追求される前に、と慌ててヒーターの方に話を切り替える。

「そう、ここを押して……しばらくしたら暖かくなるから、自分で調節して……」

瀬尾さんは仕事の時のように丁寧に教えてくれる。

「あ、ありがとうございます」

あまりに瀬尾さんに近い距離で手元を覗きこんでいたことに気づいてパッと離れる。

「……どういたしまして」

意味もなく恥ずかしくなって俯く私の頬に瀬尾さんの手がかかる。

「……!」

大きな瀬尾さんの手は外から帰ってきたばかりなのに温かくて私の頬をスッポリ包む。

驚いて顔を上げると、少し困った表情を浮かべる瀬尾さんがいた。

「……瀬尾さん?」

「……身体、冷えてる。
ちゃんと暖めろよ」

ぶっきらぼうにそう言ってスッと私から手を離す。

「……あ、はい……」

私が小さく頷くと。

いつものようにポン、と私の頭を撫でて。

「何かあったら連絡しろよ?
俺が帰ったらすぐ施錠すること」

まるで保護者のようにいつもの台詞を口にした。

「わ、わかってます」

赤くなった頬を隠すように俯く私に。

「……ならいいけど」

フッと可笑しそうに笑って、瀬尾さんは帰っていった。

瀬尾さんが部屋にいた時間はほんの僅かなのに。

頬の温もりと香りだけがずっと部屋中に漂っていて。

何故だか私の胸のドキドキがおさまらなかった。




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