黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「警告はしてやる」
オスカーが不満の声を上げる。
「ギルはいつもそうだ。冷静沈着、鋭く賢明、常に理性で判断し、女の冗談にも笑わない。俺は心配だよ、ギルバート。お前は孤独になりすぎている」
オスカーはギルバートの肩に腕を回し、深刻そうに切り出した。
「白状してみろ、女と同じベッドで寝たのは何年前だ?」
ギルバートが腕を振り払い、端整な顔を容赦なく狙う。
オスカーはすんでのところで躱した。
「お前はいつか女で自分の首を絞めることになる」
「おっと、女についてギルの助言は聞かないぞ。非力な娘にベッドで首を絞められるのがどれほど甘美か知ってるか?」
ギルバートがオスカーの減らない口を塞いでやろうと思ったとき、水を飲んでいたマック・アン・フィルが素早く顔を上げた。
入り江の木々がギルバートに警告を囁く。
「馬を隠せ、オスカー」
ギルバートはフィルの手綱を引き岸辺を離れ、茂みの中に身を伏せた。
オスカーの栗毛の馬が不安そうに左右の耳を動かしている。
砦を取り返してからの一ヶ月、こうして国境の森の偵察を続けてきたが、こんなに日の高いうちに敵と遭遇したことは一度もない。
しばらくすると林の奥が騒がしくなり、脇の小道から女が飛び出してきた。
あとを追って数人の男が現れる。
「どこまで行くんだ、お嬢さん。そんなに逃げることはないだろう」
「お前の顔が怖いから気分がのらないのさ」
「バカ言うな、俺は優しいだろ。すぐに殺せとの依頼だが、そのかわいい顔に免じて慈悲をやってるんだ」
男たちはミネットの言葉をしゃべった。
下品な笑い声を上げ、女を水際に追い詰める。
彼女は息を切らし、湖を背にしても尚、懸命に逃げ道を探していた。
長い髪がほつれ、ドレスには泥が跳ね破けているが、貴族の娘に違いはないだろう。