あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
薄氷の上を歩きながら、手探りでそっと話題を振る。


「今、国境周辺が騒がしいそうですね」

「ええ。隣国との諍いが頻発しています」


再び言葉を選ぶ気配がした。一拍置いて深く吸った呼吸音に迷いはなかった。


「軍人の端くれとして申し上げると、英雄とは、軍人とは、最後に散って終わるものだと思うのです」

「あなたさまは軍人でいらしたのですね」

「はい」


予想はついていた。


大きい体格、貴族の道楽ではなくよく鍛え込まれた身体、いつも腰にはいている装飾の少ない剣。ほとんど音のしない足運び。

ルークと呼んでほしいなんて言い出したのは、自分にあまり先がないと思ったからだろう。


だから、いつもは避ける話を振った。


「いくさに出られたことは、おありですか」

「ええ。……初陣は、散々でした」

「散々」

「散々です。手も足もなんとか動きました。恐怖で固まりはしなかった。……でも、あれほど恐怖を感じたことは、後にも先にもありません」


静かな口調だった。


「敵が迫ってくることがでは、なく。周りにいた仲間が私を守って(たお)れ、いつの間にか少しずつ数を減らしていって、ひとり私だけが取り残されることが。それが、堪らなく怖かった。死というものは、このように理不尽に迫ってくるのだと思いました」


随分前に決別を済ませてあるらしい、淡々とした口調だった。目は合わない。
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