あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
翌朝、閑古鳥の鳴く屋敷の扉を珍しく叩く音がして、窓の向こうを覗いてみると、見慣れた姿があった。


なんてこと。公爵ともあろうお方が、供もろくにつけずにおひとりで。


「……閣下、おはようございます。お越しいただき申し訳ありません。お呼びいただけましたら、わたくしがそちらに参りましたのに」

「いや、たまには顔を見にな」

「ありがとう存じます」


以前の呼び出しはつい先日のことのように感じるのに、父の背がひとまわり小さくなったような、不思議な寂しさを覚えた。


「…………おまえが、襲われたと聞いたが」

「問題ございません。皆さまお帰りくださいましたわ」

「そうか」


それきり話が続かない。


お茶でも飲んで間をもたせよう、と思ったけれど、お茶とお菓子を用意しても口をつけてくれずに、手を固く組んでいる。


「閣下」

「なんだ」

「わたくしは、覚悟はできております。服毒か自刃か、火刑か、斬首か。なんでも構いません」


事故や病死に見せかけた暗殺は、いささか分かりにくくて少し嫌だけれど。どうせなら最後は誰の目にも分かりやすいものがいい。


「必要とあらば、いつでもお命じください」


灰色の瞳が強くこちらを向いた。


「馬鹿なことを申すな」

「……はい、閣下」


まだ、馬鹿なことと言ってくれるのだと、思った。
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