部長が彼になる5秒前
絢の指差す方向には、いつものようにスーツを着た部長が立っていた。
「……ホントだ。」
何してるんだろう?そう思った矢先、部長の背後から、綺麗な女性が現れた。
女性は部長に微笑みかけ、丁寧にお辞儀をする。それに応えて部長も軽くお辞儀をした後、2人は、駅の方へと消えていった。
「あの女の人誰かしら?取材先の人間?」
絢は少し落ち着いたトーンで私に聞く。
そんなの、私も知らなかった。
部長とは毎日同じフロアで仕事をしているのにも関わらず、仕事以外のことは全く知らない。
たとえ"仮"恋人であったとしても、お互いプライベートには踏み込んだ事は無かった。
私の知らない部長がいる。
当たり前のようなその事実を自覚した途端、私は胸が苦しくなるような想いがした。