クールな課長とペットの私~ヒミツの同棲生活~
「ご、ごめんなさい!」
「別にいいっすけど、早くしてくんないすか? レジ、詰まってんで」
若い男性店員は不機嫌さを隠そうともせずにこちらを急かしてきた。その声音を聞いただけで自然と身体が震えて指先に力が入らなくなる。嫌な汗がにじみ出て、背中をつうっと伝っていった。
(だ、大丈夫……店員さんはあの人たちとは違う。大丈夫、大丈夫)
震えそうになる膝を叱咤しながら指先に力を込めて、落ちた十円玉を拾う。たったそれだけの作業なのに、ひどく疲れた気がした。
店員さんの言う通りに深夜1時過ぎにもかかわらず、お客さんが他に2、3人レジを待っていて、一様に苛ついた顔をしている。焦った私は商品を受け取ると、財布を手にしたまま逃げるように店から出た。
店から出て2、3歩歩いたところで、ドン、と誰かとぶつかる。突然のことに対処しきれなくて、よろめいたらそのまま足を滑らせ見事にアスファルトに転んだ。
「痛っ!」
思いっきり顔をぶつけて、痛みで動けないでいると。耳に走り去る音が聞こえて思わず顔を上げた。衝突した相手が逃げた? と疑問に思いながらも、両手を着いて起き上がる。
(踏んだり蹴ったりってこのことだよね……)
今まで自分の運の悪さを悲しんできたけど、その時はまだ気づいてなかった。自分のサイフごとバッグがなくなったという現実を。
あの体当たりしてきた相手がおそらく犯人で、下ろしたお金を狙っていたのだと理解するのは数分後の話で。
私に残されたものは着なれない安いスーツと、バーゲンで買ったチープなヒールに泥にまみれた袋に入ったミネラルウォーターとパン一つだけだった。