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自然な記憶の途切れを記憶の奥底に追いやりながら、気づけば私は社会人になっていた。

高校を卒業して、そこそこ有名な会社の事務についた。誰にも迷惑をかけない仕事を自分なりに選んだ末の結果だった。



受付や、接客業は人の顔を認識出来ない私には到底務まらない。

なるべく人との関わりを削って両親にも苦労をかけない仕事。そうして絞ってしまえば残るのは僅かなもので。


カタカタと鳴り響くキーボードの音が耳から離れないように、目を閉じた。

事務の仕事は言ってしまえば、慣れれば誰にでも務まる仕事だった。

書類を整理して、数字に間違えがないか確認して、会議の準備をして。毎日が同じことの繰り返し。




そして私はまた安堵する。

人や場所を記憶に留めておくことが出来なくても、私は生きていくための作業を留めていけることができて良かったと。




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