ハル
3
木々が青々とした葉をつける、そんな5月下旬。テスト最終日を迎えた僕は、
いつものように自転車をこいで学校に向かう。
「きょーちゃん」
透き通るような声が僕の耳を通り抜けた。
白のブラウスに紺一色のプリーツスカート、
とても可愛いとは思えない制服でも舞子が着ると輝いて見えた。
「おはよう」
僕はそう答えて前を向いてしまった。
それなのに僕の口は勝手に開く。
「上岡さんって、なんて呼ばれてたの?あだ名とか。」
「え?」
「僕だけ”きょーちゃん”ってあだ名で呼ばれてるから、なんかないのかなぁって思って。」
「普通に”マイコ”かな。”マイちゃん”とか、あんまり”舞子”って名前、いじれないみたい。」
「舞子…」
そう言うと舞子が表情を緩めて微笑んだ。
呼んでしまった。
僕みたいな人間が”舞子”と呼んでいいのか、
こんなにも綺麗な名前を呼んでもいいのか。
自分で必死にそう考えようとしても、
頭の中では喜びでいっぱいで、達成感で溢れてしまっていた。
そんなことを考える余裕なんて、どんなにかき分けても見つからなかった。
数学の公式を思い出すように誤魔化して真面目のフリをしたい。
僕はポーカーフェイスを装う。
このとき僕はどんな顔だったんだろう。
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