次期社長はウブな秘書を独占したくてたまらない
「バルで遅くまで一緒に飲んで、いっぱい話したの。連絡取らなかった間のお互いの報告とか、友達の事とか。その時にね、結婚したコの話も出て、ついでみたいに言ったのよ。俺も今度結婚するんだーって。
ね、笑っちゃうでしょ?私はさ、再会してやっぱり好きだって思って、なんとか気持ち伝えたいって思いながら飲んでたのにさ。いきなり結婚の報告ってありえないでしょ」

クスクスと笑いながら缶ビールを煽る夏希さんを見つめながら、瞳に張った涙の膜が溢れないように、私は必死に耐える。

「で、分かったのよ。逃げてたら幸せにはなれないなって。自分の状況言い訳にしても後悔しかしないなって。だって誰でもさ、自分の産まれた環境は選べないんだしね。
ホントならさ、失恋する前に気付きたかったけどね」

悲しみに共感した言葉も慰める言葉も、軽々しく口にしたり出来ない。
夏希さんは悲しい事も苦しい事も乗り越えてちゃんと前を向いて生きているから。自分にも周りにも嘘をついて逃げている私には、なにも言う資格はないんだ。
だから、涙を流す資格もない。

きゅっと唇を噛み締める私を見て、夏希さんが静かに続ける。

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