次期社長はウブな秘書を独占したくてたまらない
ビールを飲んだ時より何倍も苦い顔をして夏希さんが告白する。

「だからね、逃げたの。父や父の会社を誰も知らない場所に逃げたのよ。ヨーロッパで勝負したいなんて、カッコつけのただの言い訳。ホントはただの弱虫の逃避行だったのにね」

「でも向こうで頑張って、ちゃんと評価される作品を沢山発表したじゃないですか!私はルナさんの作品、大好きですよ。だからそんな言い方しないでください」

自嘲する言葉に、久美ちゃんが強い口調で反論する。普段から穏やかで声を荒げたりしないから、私と湊はびっくりしてしまう。

でもその言葉には口調に反して久美ちゃんの暖かな気持ちがこもっている。夏希さんもそれを感じ取ったのだろう、小さく「ありがとう」返した。

「でね、大学時代の友達ともほとんど連絡とらないで向こうで頑張ってたら突然来たのよ、あいつ。元気か?って。みんな心配してるぞって。嬉しかったなー」

その時を思い出して唇に弧を描いた夏希さんがその後に口にしたのは、強がった寂しさ。聞きながら、瞳に涙の膜が張るのを感じた。



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