冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「君はすべてを受け止めてくれるような、そんな目をしている」
「え……」
「グレイスの中の何かに、君は触れたのかもしれないな」

 わからない。
 そんな風に言われるほど、何かをした覚えはない。
 だけど、使えない使用人の自分でも、まだ役に立てることがあるのなら、グレイスのお力になりたいと、フィリーナは強く思う。
 もちろん、先のような恐ろしい目論見などではないことで。

「騙して呼び出して悪かった。仕事に戻りなさい。
 ここに長居して、君がいないことを誰かに不審に思われでもしたら、それこそ危ない」
「とんでもございません」
「何かあれば、すぐに知らせるように」
「はい、かしこまりました」

 頭を下げ踵を返すと、

「フィリーナ」

もう一度呼ばれた名前にどきりとして足を止め振り返った。

「私の母、王妃のことは知っているか?」
「は、はい……」

 さすがに王子の前で、王妃様が病死したことは言えずに口ごもる。
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