冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「母は私が幼い頃、私の目の前で息絶えた」
「……っ!」

 向き直ったフィリーナに、ディオンは衝撃の言葉を投げた。

「私達王子に、皆は口を揃えて病死だと言っていたが、私はそうではないと思っている」

 ――ディオン様は、王妃様が誰かに狙われたのだと思っていらっしゃるということ……?

「何もできず、立ち尽くすしかなかった無力な私は、もう誰も、目の前で失いたくないと思った」
「で、ですが、ディオン様はその頃まだ幼く……」
「そうだ。幼いままで何もできなかった。誰も救えなかった。
 だから早く力のある大人の男になりたいと、そうならなければいけないと、強く誓ったのだ」

 薔薇達を撫ぜて、ざっと風が吹く。
 漆黒の髪が、その色を移した瞳にかかって靡いた。

「私は、私のすべてを賭けてでも、周りの者とこの国を……守る」



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