冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「そんなことは……。わたくしも、ディオン様に何度も助けられております」

 二人で囁くような会話を交わす。
 薔薇園にはもう傾いた太陽が、長い影を作り始めていた。
 もうとっくに休憩の時間は終わっている。
 早く仕事に戻らなければ、またメリーに小言を言われてしまう、とそこまで考えて、ほ、安堵が過る。
 メリーは、ダウリスに取り押さえられた。
 けれど、彼女が取り仕切っていた家事は、これから誰が指揮するのだろうと心配になった。

 それに……

「グレイスとは、きちんと話をつけなければいけない」

 フィリーナを抱く腕に力を込めながら、ディオンは決するように呟いた。

「ですが、もう明日は……」
「ああ、晩餐会を滞りなく終えてからだ」
「はい……」

 明日を迎えるグレイスの心が、痛いほど伝わってくる。
 どんな気持ちでこれまでを耐えてきたのか。
 凶行な手段を使ってでも守りたかったものが、どれほど強い想いなのか。
 温かく包まれる腕の中。
 今になって、ようやくそれをはっきりと理解することができた。
 想いを寄せる相手が、別の人と結ばれるのを目の当たりにする辛さ。
 それが、まざまざと身を切るように思い知らされるようだった。



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