冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

「ちょ、ちょっと、お待ちなさいフィリーナ!」
「え?」

 いい匂いの充満する石造りの給仕室でフィリーナを呼び止めたのは、家政婦長のメリーだ。
 慌てる声に顔を上げてから、フィリーナは指のさされる方を辿る。

「それは国王様の分。あなたがお運びするのはこっちでしょう?」
「へ?」

 もう一度間の抜けた声を零して見た手元のワゴンには、咀嚼の必要のない一人分のスープと麦粥。
 あまりにぼんやりとし過ぎていて、自分が今何をしているのかすら気づいていなかった。

「もっ、申し訳ございませんっ」

 慌ててワゴンから離れると、メリーは近頃深くなってきた頬の皺をさらに濃くして、呆れたようにスープ皿をワゴンに追加した。

 一年も毎日同じ仕事をしてきたはずなのに、昨日のことが頭の中をぐるぐると駆け巡り、
初めての多大なる失態をするところだった。
 職務に集中しなければと気を取り直して、調理場で料理人がこしらえてくれた二人分の朝食を受け取る。
 いつもよりも重い気がするワゴンを押して、王子二人の待つ広間へと向かった。
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