冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 ――あれは……グレイス様の……?

 別の木に繋がれている白馬は、そこで辺りの草に鼻を埋めている。
 驚かさないようにと足を忍ばせると、静かな林の小道にかすかな声が漂ってきた。

 「……――イス……」
 「……レティ――……」

 聴こえてきた囁き声は、馬車の箱の中から。
 立てるつもりのなかった聞き耳に入ってきたのは、吐息を交えた人の声だ。

 「……行かなくては……」
 「まだ……――いてくれ……」

 フィリーナは、はっと馬車の窓を見上げた。
 硝子窓の向こうでは、掛けられた布が夕陽に照り、ゆらりと揺れて見えた。

 「……――、グレイス……っ」

 されに漏れ聞こえた声に、心臓が大きな音で脈を打った。
 熱っぽい声が呼んだ名前は、フィリーナが仕える王宮の主のもの。

 「……レティシア……――愛している……」

 今度ははっきりと聴こえた甘く熱さを込めた声に、心臓が飛び出てきそうなほどの音で弾けた。

 ――まさか、お二人は……っ……

 土を擦り後ずさりしたフィリーナの足は、衝撃のあまりに思わず駆け出してしまっていた。




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