冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 いつもとは違う緊張感に、震えを抑えきれなかった手元が大げさに飛び跳ねる。
 掬ったスープはレ―ドルから零れ、白のテーブルクロスを濡らしてしまった。

「もっ、申し訳ございません……っ!」

 慌てて濡れた食器を下げ、持って来ていた付近でクロスを拭う。
 幸い零れたのは少量で、けれど真っ白の一部が茶色く汚れてしまった。
 何も言わないけれど、両側から押されるような高貴な人の無言の気配に、フィリーナの心臓は止まりそうなほど縮こまる。
 気をつけていたはずなのに犯してしまった失態に、もうここを辞めさせられる覚悟をしていると、横から声が掛けられた。

「大丈夫か? 火傷はない?」

 涙目で始末をするフィリーナに、グレイスが優しく労りの言葉を掛けてきた。
 主の思いがけない気づかいに、はっと顔を上げる。
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