冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「そこの方。この王宮に使用人は何人残っている」

 ディオンが訊ねると、奥の扉の陰に隠れていた美女が、恐る恐る顔を出してきた。

「は、はい……えと、ワタクシも含めますと、四人ほど……」
「すべての使用人に伝えてくれ。この王宮内にあるすべての食糧を外に出し、国民に分け与えるようにと」

 震える美女に、ディオンは威厳のある声音を抑えて、柔らかく声を掛ける。

「あなたもこの者の奴隷からは解放される。……早く家族の元へ帰るといい」
「は、はい……ッ」

 笑顔の見られなかった美女の境遇を、ディオンは見抜いていたらしい。
 涙声で返事をした美女は、深々とディオンに頭を下げて、広間を出て行った。

 とても聡明で気高い姿に、胸が高揚する。
 こちらへ颯爽と戻ってくるディオンは、とても素敵だけれど……王たる威厳を醸す姿は、少し遠い存在のように見えた。

 ――やっぱりディオン様は、国王となられるべきお方だわ。

 国を去り、何も持たないような下級の娘と慎ましく生きるなんて、そんなところに納まっていてはいけない人なのだとフィリーナは、遠くに感じるディオンの背中を追った。
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