冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 グレイスが変わったのは、それだけではない。
 ディオンが不在の今、国を取り仕切ることができるのは、グレイスをおいて他にはいない現状。
 卑屈に自分を嘲ることなく、立派に執務をこなしているグレイスの姿は、ディオンに見紛うほどの風格を見せられていた。

「ヴィエンツェが少しずつ持ち直し始めてきたよ。若い男衆が、まずはあの医者の下で診療所を立て直している。病人ばかりでは、働き手も何もあったものではないからね」
「そうですか。それはよかったです」
「こちらからは、しばらくの間定期的に物資を送ることになった。向こうではクロードに、取り仕切りの一切を任せることになっている」
「……」
 
 クロードの名前を出されると、まだどうしても胸のわだかまりに口唇を噛んでしまう。

「そんな顔をすることはない。聞けばあれも可哀想な男だったようだ。孤児である過去を蔑まれながらも、苦労を重ねた努力の上で、騎士団長という地位をやっとの思いで手にしたのだからな」
「……」
「同じような心の傷を持つ者同士、お互いの傷を舐め合っていれば、自然とそこに強い絆が生まれるのは当然だ。それが男女であるのなら尚のこと、愛に成りえるのもまた必然だったんだよ」
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