冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*

「今夜はお早いですね」

 近頃よく訪れるようになった宿場の裏手は暗く、イアンが持つ手元のランタンの明かりのみが頼り。
 人目に付かない暗がりで、深い緑色のマントのフードを被り、白の愛馬とは違う栗色の馬に跨った。
 もう帰るのか、と遠回しな嫌味でも言っているようなイアンを、グレイスは碧い瞳で睨んだ。

「なんだ不服か?」
「いえ、結構なことだと」

 その方がいい、とイアンが言わんとすることを、グレイスはわかっている。

 大切な想いを失ってからというもの、心の隙間を埋めるように、毎夜のように城下町の宿場へ降りてきていた。
 存分に欲を発散し、明け方前には王宮へ帰るが、イアンは決していい顔をしなかった。
 けれど、いくら女と身体を交わしても、満足するのはほんの一瞬だけ。
 グレイスは今日もまた、虚しさを抱えて王宮へと引き上げていくのだ。
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