冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
「お前も毎度毎度、ついてくることはない」
「そういうわけにはまいりません。王子の御身をお守りするのがワタシの役目です」
「これでも伊達に騎士団の頭を務めているわけじゃない。自分の身くらい自分で守れる」

 馬の足音に混じえて、あからさまに溜め息を吐くグレイス。
 そんな彼を先導するイアンは、親心の目を持って彼の護衛に務め、王子の愚行を不服に思いながらも毎夜の密事を咎めることはしなかった。

 “あれから”というもの、公務以外に覇気を持たずに過ごすグレイスの気持ちを察すれば、この夜遊びもしかたのないことだとイアンは思っていた。

――奥方でもめとれば、夜の遊びも落ち着くのだろうか……。

 考えてみても、やはり今のグレイスに婚姻を急かすのは、血も涙もないように思う。
 もう少し、あと少しだけ、心が潤うのを待つべきだとイアンはグレイスを案じていた。

「明日は粗相のないようお願いいたします」
「僕が粗相などしたことがあるか?」
「いいえ、いつも立派に公務を遂げられております」
「なら妙な釘を刺すな」
「戯れでございます」
「わかりにくい」
「これは失礼いたしました」

 相変わらず口下手だなと鼻で笑うグレイスに、少しでも可笑しく笑ってくれれば今はそれでいいと、イアンは微笑ましく目を細めた。
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