冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
*
広間に着くと、ディオン王太子の従者ダウリスがちょうどそこから出ていくところだった。
健康的な浅黒い優しい笑みに、軽く会釈をしたフィリーナは扉を開けてくれるダウリスと入れ替わるように中に入る。
足取り重く視線を行く先に向けると、そこにひとつだけあったお姿に、心臓が怯える。
ディオン様……
食事の時のようなクロスはない広い長テーブルの最奥。
いつものようにお席に着かれているディオン王太子は、難しい顔をして文書を広げていた。
皿に載ったカップが、ワゴンの上で人の気も知らずにかちゃかちゃと小気味の好い音で揺れている。
波打つ暗褐色の液体がちらりと視界の端に見え、慌てて視線を逸らした。
一緒にここにいるかと思っていたグレイスの言葉だけが、幻想のように耳の奥で響く。
何度も何度もまろやかな声で刷り込まれた。
何も心配はいらない。
何も知る必要はない。
ただあれに包まれていた“粉”を、ディオンの口に入れればいい、と……
マントと同じ漆黒の髪が、視界にちらつく。
でも――……
広間に着くと、ディオン王太子の従者ダウリスがちょうどそこから出ていくところだった。
健康的な浅黒い優しい笑みに、軽く会釈をしたフィリーナは扉を開けてくれるダウリスと入れ替わるように中に入る。
足取り重く視線を行く先に向けると、そこにひとつだけあったお姿に、心臓が怯える。
ディオン様……
食事の時のようなクロスはない広い長テーブルの最奥。
いつものようにお席に着かれているディオン王太子は、難しい顔をして文書を広げていた。
皿に載ったカップが、ワゴンの上で人の気も知らずにかちゃかちゃと小気味の好い音で揺れている。
波打つ暗褐色の液体がちらりと視界の端に見え、慌てて視線を逸らした。
一緒にここにいるかと思っていたグレイスの言葉だけが、幻想のように耳の奥で響く。
何度も何度もまろやかな声で刷り込まれた。
何も心配はいらない。
何も知る必要はない。
ただあれに包まれていた“粉”を、ディオンの口に入れればいい、と……
マントと同じ漆黒の髪が、視界にちらつく。
でも――……