冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 心に重い重いしこりを抱えたまま王宮の中に戻ると、

「フィリーナ、これを広間に持って行ってちょうだい」
「は、はい、かしこまりました」

 掃除に取りかかろうとしたフィリーナをメリーが引き止め、コーヒーの載ったワゴンを渡してきた。

「わたしはこれから荷ほどきがあるから、お願いね」
「はい……」

 ――できれば、私が荷ほどきのお手伝いをしたかった。

 広間には今、二人の王子がいるはずだ。
 ワゴンの上には、コーヒーの注がれたカップがふたつ。
 周りの使用人達は、各々の仕事を手に忙しなく動き回っている。
 まさかこんなに早々に、絶好の機会が訪れるとは思わなかった。
 喉から心臓が飛び出てきそうなほど、鼓動が強い。
 対して、ワゴンを押す手は冷たく震えていた。


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