冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 恐怖にあらがうようにきつく閉じていた瞼をはたと開く。

「大丈夫か? 手当てをしてもらおう。
 悪いグレイス。メリーを呼んでくれるか」
「あ、ああ、わかった」

 かすかに動揺するようなまろやかな声に顔を上げることができないまま、グレイスの気配は広間から無くなる。
 束の間訪れる安堵は、ひりひりとした手の甲の痛みにまた罪悪感を上塗りされた。

「きっと、話したくはないことなんだろうが……」

 深く澄んだ声が、静まり返った広間に落ちる。
 努めてフィリーナを怯えさせまいとするかのように、ディオン王太子は静かに口を開いた。

「あとでいい。君の気持ちが落ち着いてからで構わないから、話を聞かせてくれないか。
 君にとって、悪いようにはしないと約束しよう」

 ゆったりと言葉を紡ぐ澄んだ声に宥められ、身体の震えが治まっていく。
 言われた言葉の意味を、噛みしめるように頭の中で繰り返した。
< 74 / 365 >

この作品をシェア

pagetop