冷淡なる薔薇の王子と甘美な誘惑
 真剣な眼差しに圧されて、頭がついていかなくなってしまう。
 きょとんと瞬くと、ディオンは仕方ないという表情で、フィリーナに言い聞かせるように口を開いた。

「できることなら、この王宮とは無縁の生活に戻る方がいい」

 はっとして、ディオンの言う意味を理解する。

「で、ですが、わたくしにも家族が……」

 すぐに頭を過った家族の姿に、後悔という気持ちがフィリーナを焦らせた。

「しかし」

 フィリーナをしっかりと見据えたディオンは、落ち着けとでも言うようにゆったりと瞬いた。

「その誰かが、わずかにでも秘密を握る者を野放しにしてくれる人物であれば、の話だ」
「え……」

 そこまで言われて、背筋がぞくりとしたのを自分に誤魔化せなかった。

「気をつけておいた方がいい。
 今日は、それを伝えたかったのだ」

 ――まさか、そんなこと……
 だけど――……

 最後にグレイスの部屋に行ったときのことが思い出された。
 ワゴンを引き止めた、綺麗な手。
 まるでそこに、感情を込めたように苛立ちが見えた。
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