黒き魔物にくちづけを

◇魔女狩りの夜

どこか遠くに、あるいはすぐ近くに、人の気配を感じる。それも、幾人かの。

彼らは何事か話し合っているようだったけれど、ぼんやりと霞んだ彼女の頭に、その意味までは入ってこなかった。

何かをするのがひどく億劫だった。頭の後ろと、腹の辺りが鉛を詰められたように重くて、鈍く痛む。それに、身体がやけに窮屈だった。

呼吸が詰まって咳をすると、喉の奥にじんわりと鉄の味が広がった。

その味に彼女は顔を顰めたが、同時にその咳は男達の意識を彼女に向けさせたらしい。靴音がこちらに近付いてくるのを感じて、ようやくエレノアの意識の霞が晴れ始めた。

「目を覚ましたのだな、魔女」

「……っ」

男の一人に無遠慮に髪を掴まれて顔を持ち上げられる。その痛みに彼女は呻いた。抵抗しようとした腕は動かず、一拍遅れて後ろ手に縛られていることに気がついた。

薄暗く、じめじめした場所だった。どこかの地下室だろうか。エレノアは両手足を縛られて地面に転がされていて、それを取り囲むように五、六人ほどの男達がいた。先程殴られて気絶させられて、そのままここに連れて来られたのだろう。

思考の靄が消え去ると、エレノアは目の前の男をきっと睨みつけた。

「……こんなところへ連れてきてどういうつもり?」

そこにいるのは先ほど彼女の腕を掴んでいた男とは別の人間だった。今彼女が前にしているのはもっと年嵩な男で、薄暗い空間に似合わぬ綺麗な身なりをしていた。それなりに身分が高い者なのだろう。

彼女の口から出たのは思いの外落ち着いた声で、そのことに男が不快そうに眉を動かした。髪を掴む男の指に力がこもる。痛みを与えるべくなされている動きに、けれどエレノアは声を上げるのをこらえた。

「問うのはお前ではなく我々だ。履き違えるな、魔女」

「お生憎さま。私は人間よ」

「嘘をつくな!私はお前を森で見たんだ!魔物を従えるお前をな」

少し離れたところから荒々しい声がする。頭を髪ごと押さえられているので見回して確認することは叶わないが、声からして先ほど彼女を捕まえた男だろう。
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