理想の『名字』の男の子
理想の『名字』の男の子
 突然だが、あなたは自分の苗字の由来を知っているだろうか?
 例えば、あたしの大・大・大親友の凛花の苗字は、「茂手木(もてぎ)」。そして、なぜ凜花の苗字が「茂手木」かというと、それは凜花がすっごく可愛くて、いままでの人生ずーっとモテっぱなしだから――ってわけじゃない。
 いや、凜花が可愛くてモテるのは事実だ。そこは訂正しておこう。
 なぜなら、彼女の天パ気味のふわふわの髪と、くりっとした目。それに儚げで優しそうな雰囲気ときたら、あたしが男子だったら絶対にほっとかない自信がある。それどころか、会ったその瞬間に手を握って「好きです付き合って下さい」だなんて一息に言い切る自信が――。

 ――話を戻そう。

 さっきも言ったように、凜花が可愛くてモテモテなのは事実だけど、だから「茂手木」という苗字を名乗ってるわけじゃない。
 当然だ。だって、苗字ってのは生まれる前から決まっているもので、凜花や彼女のお母さんたちが決めたわけじゃない。
 じゃ、誰が決めたかっていうと、親の親、そのまた親を代々遡った先の、ずーっとずーっと昔のご先祖様が決めたのだ。
 とはいっても、お百姓さんが先祖だった大多数の人の苗字は、明治時代に決まったんだっていうから、本当に由緒ある苗字ってのは少ないものらしい。
 例えば、日本で一番多い「佐藤」って苗字。これは、平安時代の偉い人、藤原氏ゆかりの苗字である、なんていわれてる。
 けど実は、その「佐藤」を名乗るほとんどの人の先祖は、藤原氏とのつながりなんてない。
 なら、なんで大勢の人が「佐藤」を名乗ってるかというと、それは例の明治時代の話。「みんな苗字を名乗っていいですよー」って言われたときに、そのとき偉かった「佐藤」って人にあやかろうと、みんなその苗字をもらったんだって。これ、あたしもこないだ知った豆知識ね。
 それじゃ、凜花の苗字「茂手木」はなにかっていうと、どうもこれは栃木県にあった「茂木村」に起源があるらしい。しかも、藤原氏道兼流小田氏とかいう、偉そうな名前の人の子孫だとか。
 字は時代と共に変わったのか、「茂出木」ってのもあって、読み方も「もてき」とか「もいぎ」とか、いろんなバリエーションがあるみたい。凜花のお母さんによれば、ひいおじいさんの時代には着物には家紋がついてたとか何とか……。
 つまり、手っ取り早くいえば、凜花の苗字はきちんとした、由緒のある苗字というわけ。先祖代々同じこの田川地区に住んでいるから「田川」、とかいう適当苗字のあたしとは大違い。……自分で言っててヘコむけど。
 でもまあ、ちゃんと由緒のある苗字なんてそんなに存在しないんだから、落ち込むことなんてない。けど、それでも死ぬほど「田川」が嫌だってんなら、ちゃあんと奥の手だってある。
 それは何かって? むふふ。そう、結婚。結婚だ。結婚しちゃえば、苗字なんかすぐに変えられるのだ。
 小鳥遊(たかなし)に八月一日(ほずみ)に西園寺(さいおんじ)。勘解由小路(かでのこうじ)に有栖川(ありすがわ)に花京院(かきょういん)。

『将来の結婚相手は絶対に苗字で選ぶこと!』

 小学校卒業記念に埋めたタイムカプセルに、あたしはそんなメッセージを書いた。
 いまでも、その決意はもちろん変わらない。顔や性格や運動神経や頭の良さや、その他諸々を無視してでも、あたしは素敵な苗字の人と結婚する。
 田んぼの川で田川さん、森の近くの近森さん、川の西に住む川西さん……そう名乗り始めたご先祖様は、それがかっこいいとでも思ったんだろうか。単純明快で、底が浅くて、どうにもこうにも簡単な苗字。
 シンプル・イズ・ザ・ベスト? そんなもの、ぐっちゃぐちゃに丸めてポイ! だ。悲しくも「田川」の家に生まれてしまったあたしは天に願った。
 神さま、仏さま、一生に一度のお願いです。由緒があって奥深くて世界で唯一というくらい珍しい苗字、あたしをそんな苗字の人と出会わせて下さい!
 果たして、あたしのその願いは、ある日突然叶うことになった。
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