次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
プロローグ
『私はなんて幸せなのだろう』
そう信じて疑いもしていなかった幸せな頃がたしかにあった。

「ディル、まだかなぁ。喜んでくれるかしら」
十五歳の誕生日を迎えたばかりの少女、プリシラは木陰にちょこんと座りこみ、愛しい人の到着をいまかいまかと待ち侘びていた。彼女は両手を広げ、その上に小さな木箱を乗せていた。そして、それに視線を落とすと花がほころぶような笑みを浮かべた。
これを受け取る時、彼はどんな顔をするだろうか。いつもは無愛想な彼だけど、少しは嬉しそうにしてくれるだろうか。
プリシラの心は大きな期待とほんの少しの不安の間を忙しなく揺れていた。

絹のようなサラサラと流れ落ちる淡い金髪、明るいオリーブグリーンの瞳、薔薇色に輝く頬と唇。誰もが羨む愛らしい容姿を持つ彼女は王国内でも一、二を争う名門ロベルト公爵家のご令嬢だ。何不自由ない暮らし、惜しみのない愛情、公爵令嬢の身分にふさわしい教養、両親から全てを与えられて育った彼女は立派なレディに成長しつつあった。

「プリシラ」
プリシラの座るその場所は小さな丘の上だ。彼女の名前を呼び、颯爽と丘を駆け上がってくる青年。彼こそがプリシラの淡い恋のお相手であるディルだ。白いシャツに濃紺のベスト、シルクタイは鮮やかなロイヤルブルー。シンプルだが身分の高さがはっきりとわかるその服装にちっとも見劣りしない美貌の持ち主である。艶やかな漆黒の髪と意志の強さを感じさせる凛々しい眉。けぶるようなブルーグレーの瞳とすっと通った鼻筋は、十七歳という年齢以上に彼を大人っぽく見せる。妖しいまでの色気をまとった彼は、このミレイア王国の第二王子、ディル=アント・ミレイアだ。
プリシラと彼は幼馴染だ。兄妹のように近しい距離で育った。ディルの義母兄で世継ぎの王子であるフレッドと比べれば第二王子であるディルは身軽な立場である。年頃といえるこの年齢になっても、二人は気軽に会うことが許されていた。もっとも、ディルが十八歳の誕生日を迎え成人してしまえばそれも叶わなくなるのかもしれない。
だからこそ、勇気を出すことに決めたのだ。プリシラはドレスの裾をつまみ立ち上がると、手の中の木箱をぎゅっと握りしめ、ディルに向き合った。
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