次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「嫌いって、ほんとに?」
まるで好きだと告白された時のような反応を見せる。
「どんだけ自惚れてんだよ。世界中みんながお前を愛してるとでも?俺は本心からお前なんか大嫌いだよ」
そうきっぱりと宣言しても、プリシラはニコニコと笑っていた。
「‥‥頭、大丈夫か?嫌いの意味、わかってるか?」
「本当のことを言ってもらえるのって、嬉しいね」
「はぁ?」
ディルにはプリシラの言葉の意味が理解できない。プリシラは遠くを見つめながら、つぶやいた。
「私ね、誰かに嫌いなんて一度も言われたことないのよ」
「そりゃ、よかったな。誰からも愛されるお幸せな人生で‥‥」
笑顔の影で、プリシラの瞳がさみしげに揺れた。
「みんな、お父様に嫌われたくないのよ。ねぇ、ディルは私の噂を聞いたことある?」
「麗しい容姿、あふれる知性と教養、素直で優しい性格。さすがはロベルト公爵家のご令嬢!ってやつだろ」
飽きるほど聞いたプリシラを褒める美辞麗句。まだ12歳になったばかりの少女には重荷にしかならないように思うが、目の前の彼女は年齢よりずっと大人びて見えるし、いらない心配なのかもしれない。プリシラは意味ありげに微笑んでみせる。
「うふふ。それ、ほとんど嘘よ」
誰かに秘密を打ち明けることを楽しんでいるようだった。
「私、あんまり物覚えがよくないからお勉強は苦手なの。音感が悪くて楽器はからきしだし。それに不器用みたいで、裁縫や刺繍もダメ」
「‥‥それならほとんどどころか、全部大嘘じゃないか」
「う〜ん。麗しい容姿‥‥はまぁまぁ当たってない?」
真剣な顔でそんなことを言われ、ディルは思わず声をあげて笑ってしまった。
「あっ!初めてちゃんと笑ってくれた」
「‥‥笑ってない」
あわてて笑顔をひっこめたが、遅かった。プリシラはキラキラした瞳をよりいっそう輝かせて、ディルを見ている。
「うん、思ったとおり。笑ってる方がいいわ」
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