次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「でもまぁ‥‥褒めてもらえたことは素直に嬉しいので、袖口のそれは見なかったことにしてあげますよ」
ターナに指摘され、シャツの袖口に視線を落とすと、鮮やかな黄色の花びらが付着していた。ミモザの宮はその名のとおり、敷地内のあちらこちらにミモザが植えられていて、ちょうど見頃を迎えていた。庭を抜けるときにでも付いてしまったのだろう。

ディルはそれを振り払おうとして、寸前で指を止めた。太陽のように明るいミモザの花は、プリシラの笑顔を思い起こさせる。ぱっと花開くような、くったくのない無邪気な笑み。かつては惜しげもなく向けられていたその笑顔が、どれほど貴重だったか、ディルは失ってはじめて気がついたのだ。プリシラの精一杯の気持ちを踏みにじったあの日以来、彼女が心からの笑顔を見せてくれることはなくなってしまった。

ディルは袖口の花びらをそっとつまみあげると、胸ポケットへしまった。
その様子をじっと見ていたターナが口を開く。

「‥‥見逃してあげるのは今夜だけですよ。万が一にも事が露見してしまったとき、一番困るのは彼女です。懸命に歩んでこられた次期王妃への道を踏み外すことになります」
ターナの忠告はもっともだ。彼女の名誉を貶めるようなことはすべきではない。そんなことはディルもわかっている。だが、腹にうずまくどす黒いものをどうしても消すことができない。
「いっそ踏み外してしまえばいい。公爵令嬢の身分も、次期王妃の地位も、すべて失ってしまえば‥‥」
なにも持たないただの女となってくれたなら‥‥そうしたら、彼女を奪って、誰の手も届かない場所でふたりきりで暮らすことができるだろうか。ほんの一瞬、ディルはそんな妄執に取り憑かれた。
「ディル殿下‥‥」
ターナの声にはっと我に返る。















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