次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
(わかっている。絶対に叶わない甘い夢だ‥‥)
「なんてな。冗談だ。ターナの言う通り、今夜限りにするから心配するな」
なにか言いたげな顔で主を見つめるターナを制するように、ディルは笑ってみせた。諫言も同情も、いまは聞きたくない。そんなディルの気持ちを察したのか、ターナは何も言わずにグラスに残るワインを飲み干した。
「私も今夜はこれで。ごちそうさまでした。どうぞ、ゆっくりとお休みなさいませ」
さっと立ち上がると、一礼して部屋を出ていく。

「どこへ消えたんだ、フレッド」
ひとり残された部屋で、ディルはぽつりと呟いた。
たとえ身分や地位、すべての枷が外れたとしても、プリシラは自分の手は取らないだろう。幼い彼女が恋していたのは、たしかに自分だった。だけど、いまは‥‥大人の女性へと成長した彼女が見つめている相手はーー。

ついさきほどの短い逢瀬を思い出す。
こらえきれずに流れてしまった彼女の涙を拭った。すぐ側にいて、たしかにこの手で触れていたのに、彼女の瞳に自分は映ってはいなかった。


フレッドが無事王宮に戻り、予定通りプリシラと結婚する。ふたりは良き王と王妃になるだろう。国にとっても、民にとっても、なによりプリシラにとっても、それが最善の道なのだ。
暗い感情には一刻も早く蓋をして、フレッド捜索に尽力しなければならない。ディルは自分自身に言い聞かせた。

(朝一で王都警備隊に捜索状況を確認しよう。それから、気乗りしないがルワンナ王妃にも話を聞かねばならないか)

フレッドの行方についてあれこれ思いを巡らせてみるが、考えれば考えるほどにわからなくなっていく。
ディルはフレッドが自分勝手に出て行ったとはどうしても思えなかった。誘拐か、そうでなくとも誰かの思惑が絡んでいるような気がしてならない。

フレッドがいなくなって得する人間‥‥まず一番に疑われるのは自分だろう。だが、ディルは犯人ではない。
そうなると残るは‥‥ロベルト公爵。フレッドの母方の祖父であるザワン公爵とは長年の政敵であり、フレッドが王位に就くことでザワン家の力が強まるのをもっとも恐れる人物。柔和そうに見えて、実は野心家で権力欲が強い。

ーープリシラの実父だ。

だが、ザワン家に対抗するためにプリシラとフレッドの婚約を強引に決めたのは彼だった。それで、納得していたはずの彼が今さらフレッドをどうこうするだろうか‥‥。
かすかな違和感を覚えつつも、それが何なのかは見えてこなかった。



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