次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
4、蜜月旅行の夜に
スワナ公国へは馬車で丸二日間の行程だ。国土のほとんどを海に囲まれているミレイア王国にとって、船を使わずに行ける唯一の国だ。昨晩は経由地のナザの街に宿を取った。今日の夕刻にはマリー妃の住まうスワナ城に着く予定だ。
異国へ行くと思えば近いものだが、お嬢様育ちのプリシラにとっては滅多にない長旅だ。街の宿に泊まるのも初めてのことだった。
馬車はナザの街を抜けて、ひたすら西へと駆け続ける。整備された街道から悪路に入ったせいか、ガタガタと大きく揺れている。

(うぅ。気持ち悪い。この道はいつまで続くのかしら)
旅の疲れを考慮してか、ゆうべの宿はディルとプリシラはそれぞれ一人部屋だった。豪華ではないが清潔な部屋で、ゆっくりくつろげるはずだったのだが、一人になったら例のナイードの密談を思い出してしまった。あれこれ考え過ぎてしまい、ほとんど眠れなかった。そんな状態で馬車に乗れば悪酔いするのも当然だろう。もちろん自業自得なので、馬車を止めるようなことはあってはならない。
体調不良を隣に座るディルに気づかれないよう、細心の注意を払っていたつもりだったのだが‥‥。

「次の街で休憩にしよう。寝不足のせいだろう?少し眠れば、マシになるかもしれない」
馬車に酔ってしまったことも、その原因もあっさり見破られてしまった。プリシラはあわてて首を振る。
「大丈夫。ほんの少し酔っただけ。馬車を止めるほどじゃない」
「つまらないことで強がるな。顔が真っ青だぞ」
ふらつくプリシラの体をディルがそっと支えようとした。が、プリシラはその手を思わず跳ね除けてしまった。
「あっ‥‥ごめんなさい。けど、本当に大丈夫だから。私のことは構わないで」
我ながら、驚くほど可愛げのない物言いだ。
ディルは振り払われた己の手をじっと見つめていたかと思うと、おもむろにその手を伸ばした。プリシラの肩をつかみ、ぐいっと自らの方へと引き寄せる。
倒れかけたプリシラの頭は、ディルの肩で受け止められた。斜め上を見上げると、すぐ近くにディルのすっきりとした鼻筋と形の良い唇があった。
「えっと‥‥」
「それなら、ここで眠れ」
「いや、でも。その」
「嫁いだとはいえ国王陛下の妹君だぞ。そんなクマだらけの不細工な顔でお会いするつもりか」
「うっ‥‥」
そう言われてしまうと、反論できない。ディルの言い分はもっともだ。おめでたい席で、こんなひどい顔を晒すわけにはいかないだろう。
プリシラはディルの言葉に甘えてしまうことにした。
「ごめんなさい‥‥じゃなくて、ありがとう、ディル」
プリシラは瞳を閉じた。














< 58 / 143 >

この作品をシェア

pagetop