優しい魔法の使い方
第三話 【初仕事!】

ドアの向こうから助けを求める声が聞こえた。

「…クラウさん?」

「シーナが出ます!」

シーナは家の扉を開けると、息を切らせて男性が飛び込んできた。

「お…お肉屋さん!?」

それはシーナが買い出しに出た時に出会った肉屋の店主だった。

「クラウさん、どうしたんですかこんな時間に」


「トッド、お前に一生の頼みがあってきたんだ。」

クラウという名の男はがっしりとした体とこんがり焼けた肌。シーナの倍はあるであろう巨漢だった。

その体でドシンとテーブルに手を置き頭を下げた。


「僕に、一生の頼み…?」

シーナは扉を閉め、トッドの隣に座った。

「娘が、病気なんだ。」

「…アンナちゃん、でしたっけ」

「おぅ、名前覚えてくれてるんだな。ありがとよ。」

「それで…どんな病気なんですか?」

「子どもがよくかかる病気なんだってよ。
でもアンナは少し体が弱ぇんだ。
周りの子より重症になっちまって。珍しい病気と併発しちまったんだよ…」

「お医者さんは?ここにはいないんですか?」

シーナは問い掛けた。
するとクラウの表情が暗くなる。


「いるには…いるんだけどな。もうかなりの歳なんだ。
頼みにいったらよ…
この歳で行う手術にはリスクが高いんだって。新しい医者は雇ってる途中らしくて」


「じゃあ、他の街へ。電車に乗ってどこか」

「外の街に知ってる病院もねぇし…遠くに連れ回すと、
ますます悪化してしまうらしくて連れてってやれねぇんだ…
なぁトッド!治してやってくれねぇか」

トッドは重い口を開く。

「クラウさん…申し訳ないんですが僕は、
医療の知識がまったくありません…。僕にアンナちゃんを治してあげる事は…」

「………」

「…だよな、悪かった。俺も無理なこと頼んじまって悪かったな…じゃあ」


「待ってください」


立ち去ろうとするクラウをトッドは大きな声で呼び止めた。

「なんだ…?お前には治せないんだろう?」

「はい…僕には治せません。
でも…医者の腕を、アンナちゃんの病気を治せる技術を持っていた頃に
戻すことなら…出来るかも知れません。」

「医者の腕を…?」

クラウはトッドの方へ向き直る。

「僕は修理屋です。医者の腕をもう一度、難しい手術が
出来る頃にまで、一時的になら修理出来るかもしれません。」

「本当か?やってくれるんだな」

トッドは黙って頷いた。


「一時間後に、アンナちゃんと、医者のラステルさんを連れてきてください。あとカルテを忘れずに」

「分かった!一時間後だな」

クラウは走って丘を降りていった。

トッドはふわりと席をたつと。
パンと手をたたいた。

「さて…と。シーナ。遅い時間で疲れてるかもしれませんが・・
お待ちかねの初仕事ですよ?」

「えっ!?」

トッドはニコニコしながら部屋の隅の暖炉に向かう。

そして暖炉に両手をかざし、目を閉じると。


暖炉から蒼白い炎が上がり、さっきまでキッチンや本棚のあったごく普通の部屋は…

真っ黒の煉瓦の壁で出来た、蝋燭に囲まれた部屋へと姿を変えた。

「ん~…ほんといつみても。趣味悪い部屋でしょ?
でもここ、衣装とかチョークとか蝋燭とか。魔力に関係あるものしか置いちゃいけないんですよ。」

まるで何てことないようにトッドはシーナに話し掛けた。

「く…空間魔法。初めてみた。」

「はい、驚いてる暇はありませんよ。この紙を口にくわえて」

「えっ!?」

トッドは一枚の紙をシーナの口へ運び加えさせる。

「むぐっ・・」

「どうですか?床に魔法陣が見えるでしょう」

シーナは口に紙をくわえているため話せないので、首を縦に振る。
シーナの目には薄く光る魔法陣が床に見えていた。


「その紙を加えている間は、床に魔法陣が写ります。
このチョークでその魔法陣を一字一句、間違えることなく写してください。」

トッドが白いチョークを手渡すとシーナは頷き、床に写る魔法陣をチョークでなぞり始めた。


「さてと、急がないと」

トッドは壁にかけられたフード付きのマントを身体にかぶせ、大きなフードを被る。

そのままトッドが壁を叩くと、分厚い本が壁から飛び出した。

「!!」
シーナは飛び出す本に驚き魔法陣を書く手を止める。

「シーナ、集中」

「・・・・」

シーナは再び魔法陣を書きはじめた。

トッドは本を開き、紙に文字を写し取っていた。

そして1時間が経過した。

「うわ、なんだここ」

娘のアンナを抱きかかえ、クラウが医者のラステルと共に部屋へやってきた。

「不気味ですいません。魔法陣が光ればもう少し明るくなりますから。」

トッドが3人を出迎える。

「トッド!魔法陣写し終わりました」

「お疲れ様。さぁ、3人はこちらへ」

3人はトッドに導かれるまま魔法陣へ近づいた。

「クラウさん。アンナちゃんを魔法陣の中央に寝かせてください。」

クラウはぐったりとしたアンナを魔法陣の中央へ寝かせた。

「クラウさんは魔法陣から出て、ラステルさん。アンナちゃんのカルテを持って魔法陣の中へ。寝ているアンナちゃんの隣に円があるの分かりますか?」

「は・・はい」

小柄で少し白髪の多い、白衣を着た男性が背中を丸め答える。

「その円の中に立ってください。アンナちゃんが見えるように」

ラステルは円の中へ立つ。

「そう、完璧です。それでは今から始めていきます。シーナ、私の隣へ」

「はい!」

トッドはラステルの背後にあたる魔法陣のすぐ外側に立つ。

「ラステルさん、これから僕の言うとおりに行動してください。いいですね」

トッドはラステルの背中に語りかける。

ラステルは頷く。


「ではラステルさん。今からあなたの腕の修理を始めます。
 しかしそれは、ラステルさん。貴方の記憶が必要なんです。
 ですので、これからラステルさんには、脳内でアンナさんの手術をシミュレーションしてもらいます。」

「手術を・・?」

「えぇ。目を閉じてみてください。」

ラステルは目を閉じる。
すると、うわっと小さく声をあげた。

「いま貴方には、手術台に寝ているアンナちゃんが見えているはずです。横には手術の道具があるでしょう?」

「はい」

「私が、始めてくださいと言ったら、ラステルさん。貴方はアンナちゃんの手術を行ってください。出来ると信じて」

「・・・分かりました。」


「ラステルさん、いま貴方は心の世界にいるんです。
 その世界では、貴方は若くて、思うように手術が出来るはずです。
 僕は、その頃のラステルさんの技術を今の体にコピーします。
 目が覚めたころには、ラステルさんの腕は、若いころのように手術を出来る腕に戻っているでしょう。
 二度手間になってしまうのですが、その腕で、今度は本物のアンナちゃんに手術をしてあげてください」

ラステルは頷いた。


「始めてください」

魔法陣が激しく光りだした。

ラステルは目を閉じながら何も持っていない手を動かしだした。


*********************************************************************************************



「・・・・以上です。ラステルさん、目を開けてください」

魔法陣の光が消える。



「・・・・手が、思うように動く」

ラステルは手を握ったり開いたりを繰り返す。

「成功のヴィジョンを描けた結果です。成功しました。もう大丈夫です。貴方の手は昔の様に動くはずです」


ラステルはトッドの方へ向き直る。

「ラステル・・さん?」

シーナが目を丸くする。

「お嬢さん、どうしました?」

「い・・いえ、あの、実際には10秒も経ってないんですよ?」

「本当かい?それに不思議なんだ。まったく疲れを感じない。」

シーナにはラステルの姿が別人のように感じられた。

背筋はシャンと伸び、ぼうぼうに伸びた白髪は黒くなり消えていた。

「体が軽いんです。さぁ、早く手術を始めましょう」

「・・・、トッド」

魔法陣の外でずっと娘の姿を見守っていたクラウがふらりとトッドの元へ近づく。

「アンナちゃんは、きっともう大丈夫です。ラステルさんがきっと治して」

クラウはトッドの両手をがっしり掴みブンブン振り回す。

「ありがとな、本当にありがとな!このご恩は一生忘れねぇよ!!」

「お力になれてよかったです、ク・・クラウさん、あの、まだ書類が残ってるんですけど」

「書類?」

クラウの手がトッドから離れる。

トッドはポケットから書類を取り出した。

「えぇ書類。ラステルさんにも。あと、これはアンナちゃんの分。元気になったら書いてもらって僕の元に届けてください」

「わ・・分かった」

「ただの魔法使いましたって意味のものなので、ササッと書いちゃってください。」

トッドは壁に手をかざし、部屋を元に戻す。

「お疲れさまでした。早く元気になるといいですね」

「トッドさん、といいましたかな」

ラステルはゆっくりトッドに近づいた。

「私は、今回のことで自信を取り戻せたような気がします。これからもがんばっていこうと思えるようになれた気がするんです。
 本当に・・・ありがとうございました」

「頑張ってください」

「じゃあな、トッド。たまには街に降りてこいよ」

「はい。」


3人は静かに丘を降りていった。


「お疲れさまでした、シーナ」

シーナは俯いたまま黙っている。


「シーナ?」

「魔法士・・なんですね」

シーナはぽつりと呟いた。

「トッド、魔法士なんですね」

「・・・・・」


「それに・・あんな高度な魔法、見た事ありませんでした。」

「黙っててごめん・・」


「・・・正直ものすーっごく驚いてます。でも・・」

シーナはトッドの手をとった。

「シーナは、トッドの片腕として、これから精一杯頑張っていきます、だから・・・」

「・・・?」

「絶対、無理しないで下さいね。命をたくさん削る様な事、しないでくださいね」

「・・・・頑張ります」

トッドは優しく微笑んだ。

2人の初めての夜が、終わった。



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