優しい魔法の使い方
第六話 【客の来ない日】


いつものように修理を行っていた。

街の子どもの壊れた船のおもちゃ。

部品をくっつけ、研き再び動きだすように命を吹き込む。

「…あれ」

ネジを持つ手が震えていた。
片手で震える手を握っても震える手が止まらない。

「まずいな…あれっ、くそ……」

震えを止めようとする手に力が入る。

その時、洗濯物を干し終えたシーナが工房に戻る。

「トッド!?」


何事かとシーナがトッドの手に触れた途端に

不思議と手の震えが、ピタリと治まった。


「……」

「大丈夫ですか…?」

トッドは神妙な顔つきで、じっと手を見つめていた。

しばらくして、トッドは無言で立ち上がると、工房のドアにかけてある、朱色の帽子を深く被った。

そしてジャケットを着ると、ようやくシーナに向き直る。

「シーナ急で申し訳ないのですが、僕これから隣街に行ってきます。」

「えぇ!?」

「…いや、ちょっと体調悪いみたいで。隣街にかかりつけの病院があるので・・・
診察してもらってきます。すぐに戻りますから、留守番お願いします。では…」

「ちょっと…」

「あ!そういえば」

トッドは笑顔で振り返った。

「シーナ、今日午後から街でお祭りが開かれるんです」

「お祭り?」

「えぇ、収穫祭です。忘れるところでした。丁度よかった」

「待ってください!シーナに1人で行けっていうんですか!?」

「あ・・あぁ~リリィさんに連絡してみます。ちょっと待っててください」

トッドはリリィに連絡をとり、午後にシーナを迎えに来てほしいと頼んだ。

「快くOKしてくれました。家の戸締りを忘れずに、これは鍵。工房は僕が閉めていきますから。」

「・・・・・・」

シーナはトッドから家の鍵を手渡されたが、しょんぼりしていた。

「収穫祭!きっと楽しいですよ、シーナが思うよりこの街は広いですし、大きな祭りです・・し・・・。」

「行ってきます・・」


シーナはふらりと工房を出てしまった。

「・・・今は、仕方ないんです」


そうポツリと呟くと、トッドは早々と工房を後にする。

丘を下ったトッドは帽子を限界まで深く被り早足で商業区、住宅区を抜けていく。

祭りの準備で賑わう町民の誰とも目を合わすことなく、下を向きながら列車に飛び乗った。

「……行きたくないなぁ」

独り言をポツリとつぶやき、空席に腰を下ろす。

隣街には30分ほどで到着した。


駅のすぐ裏に、古びた病院が建っていた。

「大丈夫・・大丈夫・・、大丈夫・・」

トッドは苦虫を噛むような表情で、ゆっくり病院の中へと入っていった。


その頃シーナは、トッドの家で紅茶をすすっていた。

「トッド…大丈夫かな」

しばらくぼんやりしていると、外から聞き覚えのある声がした。

部屋にノックの音が響く。

「シーナちゃん!迎えに来たよ」


「リリィさん!」

リリィの迎えで2人は丘を下り、街の広場へ着いた。

「うっわぁー!凄い」

トッドが言ったように、広場に集まる人の数は

初めてシーナが街に訪れた時に見た人の数の数倍はあった。

それぞれが露店を開いたり収穫された野菜で作られた料理が配られたりと

広場はとても賑わっていた。

「あとで畑の野菜自慢とか、ミスコンとかイベントがたくさんあるから。
まずは私達もお昼にしましょう」

「はい!」


シーナとリリィは、町民から野菜料理をいただき、広場のベンチに腰掛けた。

「美味しい!」

「街の自慢のレストランのシェフが集結して作ってるからね。
もちろん、野菜本来の旨味も格別なのよ?しっかり食べときなさい」

「はい!」

シーナは幸せそうに料理を頬張る。
そして上品に料理をいただくリリィの姿が目に入ると
肩をすくめ、シーナは小口でちょっとずつ料理を食べ始めた。

昼食を終えた頃、ステージでは街の楽団の演奏が行われ
2人はしばらくベンチに座ったまま音楽鑑賞をしていた。


「あの…リリィさん」

「ん~?」

「トッド……病気なんですか?」

シーナは思い切って切り出した。

リリィの視線は真っ直ぐ、楽団の立つステージに向けられたまま返事をする。

「私の口からは…何も言えないわ」

「……………」

シーナはしょんぼりと俯く。

「彼は、この街に来た時にはもう…ボロボロだった。」

「どういう…意味ですか?」

「初めてトッドに会った時…、まるでこの子、恐怖とか…絶望とか苦悩とか悲しみとか…一生に味わうツラい事…
あんな若くて、か細い体をボロボロにして、全部抱え込んでるように見えた。きっと今もそう…」


「…………」

シーナはポカンとしていた。

それを見たリリィは優しく、少し淋しそうに微笑むと
シーナの頭をくしゃりと撫でた。

「だから、あんまりあの子が無理しないように、しっかり支えてあげてね。シーナちゃん」

「…………」

シーナは複雑そうな顔をして黙って頷いた。

「あと、トッドがもし…自分にたくさん隠し事してるんじゃないかって思うことがあったりしたら…」

シーナはドキリとする。

今日、半ば強引にトッドが1人で隣街に行ってしまった事
腕の震えのわけを誤魔化されたことも気になっていた。

「シーナちゃんを信頼できないから、秘密にしてるんじゃないよ」

シーナにとっては意外な発言だった。

「すぐに分かると思うから。」

それからは、2人からトッドに関する話題は出なくなった。



一方その頃隣街の病院では、トッドの診察が行われていた。

「うん、脈拍…体温、肺や胸の音にも異常はなさそうだね。」

白衣を身にまとう中年のドクターがトッドに診察結果を伝える。

「…あの、僕の症状の現れる周期は…」

おそるおそるドクターに問うトッド。
するとドクターは首をゆっくり横に振り、ため息混じりに呟く。

「僅かだけど…また短くなってるね。」

「………」

「トッド、魔方士専門の医学は今も確実に進歩してる。それにこれは薬さえあれば問題ない、少し頻度が増えるだけだ」


「僕もいつか…父さんみたいになるんでしょうか」

ドクターは、くい気味に答える。

「君とお父さんは違う、それにあれは、君の作品を守るための勇気ある行為だ。
本来苦しむのが…君も含めて魔法士なことが私には、ずっと疑問なのさ。
だからこそ、君の恐れているような事には、私がさせない」


「魔法を使ってる間は…いつも怖いくらい心が落ち着くんです。
魔法士が魔法を使わないのは…魔法を使い寿命を消費することで…
人間と均整を保つ…この世のことわりに背く行為ですから」

「つらい運命だ」

「薬の効果が切れ始めた途端に暴れだすんです。
職人なら…早くモノを生み出せって。職人を捨てた僕への罰のように。」

「…トッド」

「怖いんです!職人の腕を捨てた僕は…いつか自分に流れる職人の本能に呑まれて狂ってしまうんじゃないかって…
段々薬の切れる周期も短くなってきたし。先生…僕の手はこれからも…凶器を生みたいと疼き続けるんですか…?」

「君の作品は凶器なんかじゃなかった、あれは利用されただけだ。」

「それでも僕が作り出したことには変わりないでしょう?僕の手は…、僕の手は汚れてる」

トッドの手は、カタカタと震えていた。

「自分をそんなに蔑んではいけない。自分の作品をそうしたくなかったから君は自らああやって…」


「…とにかく、もっと強い薬をください…、お願いします」

トッドは席を立ち病室をあとにした。



「おかえりなさいトッド!」

帰宅すると、シーナが元気に迎えてくれた。

「ただいま、お祭りどうでした?」

「収穫祭とっても楽しかったですよ、もうお料理も美味しくって美味しくって。
 ほら、これ!こんなに野菜もいただいちゃったんですよ?」

机一杯にたくさんの野菜が置かれていた。

「うわ、すごいですね」

「今日はリリィさんに手伝ってもらって、たっくさんお料理も作りましたよ!
 あ、そうだ牛の面白いコンテスト!クラウさんの牛優勝したんですよ?
 もうすごく大きな、こーんな立派な牛が」

「へぇ~」

「あ、あと街一番の美人を決めるコンテスト!
 グランプリ、アメリアさんだったんですよ、と~っても綺麗だった」

「素敵ですね」

「あとは~えっと、え~っと・・」


トッドはクスクスと笑いだした。

「本当に、とっても楽しかったみたいでよかった。
 シーナ、僕お腹ペコペコなんです。
 リリィさんと作ったお料理、早く食べてみたいな」

「あ、はい!すぐに温めなおしますね!座って待っててください」


シーナは台所に駆けていく。

「シーナ」

「はぁい?」

料理を温めなおしながらシーナは鼻歌交じりに返事をする。

「今日のことも含めて・・いろいろ
 いつかちゃんと、全部シーナに話しますから。
 ただこれだけは言っておきたくて。
 何もシーナを信用できないからとか、未熟だからとかそういうわけじゃなくて・・
 えっと、うまく言えないんだけどとにかく」

「私、待っていられますよ?」

シーナはテーブルに料理を並べだす。

「ここにいさせてもらえるなら、私、お婆ちゃんになってもずーっと待てます。
 今日はしょんぼりしちゃってすいませんでした」

「あ・・いや・・」

「さてと!いただきましょうか!私もお腹ペコペコ!」

「シーナ、あの僕」

「はい手を合わせてっ!」

「っ!」

トッドは反射的にシーナにつられて手を合わす。

「いっただっきま~す」

「い、いただきます!」

慌ただしく2人の夕食は始まった。

「本当に、今日の料理すっごく美味しい」

「そうでしょ?」

「特にこのニンジンのニョッキなんて本当ものすごく」

「あ・・それ全部リリィさんが」

「・・・や・・野菜の!野菜の味がとっても!あーやっぱり旬といいますか」

「下手なフォローしないでくださいよ~・・」

「すみません」

「あはははは、冗談ですよ。ほら、そのパプリカのマリネ、私が作ったんですよ?」

「これですか?」

トッドはマリネを小皿に移し、パクリと一口。

「・・・うん、うん!レモンが利いてて爽やかで、すっごく美味しい」

「やったぁ!」

シーナは幸せそうに微笑み、料理に手を伸ばす。
楽しそうに食事をするシーナを
トッドは手をとめてしばらく眺めていた。

「・・・シーナ」

「はいっ?」

シーナが顔をあげると、頬には白いサワークリームが付いていた。

「・・、うちに来てくれてありがと」

「えっ・・やだそんな改まって、恥ずかしいじゃないですか」

「あれ、恥ずかしい?それはほっぺにクリーム付いてるから?」

「えっ!?あ、うそ恥ずかしい、言ってくださいよ~」

「あはははは」

工房に客の訪れない秋の夜は

2人の笑い声が響き、賑やかに更けていった。

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