【エッセイ】『願はくは花のもとにて』
光さす処に翳あり

よく訊かれることがあります。

「なんで影のある人物ばかり出てくるんですか?」

と。

理由は簡単、誰だって影はあるでしょうと答えます。

必ずありますでしょ、後ろめたいことって。

まぁ犯罪とかじゃなくて、例えばあのときこう言えば良かったとか、ああすれば良かったとか。

それが影です。

影がない人なんかないわけです。

逆に影がないってことは光のある場所にいないから、体が透けてるか、物理的に体がないかしかない。

体がなかったら…死んでるでしょ(苦笑)

だから人間、必ず影があるんです。

今の世の中は些細な間違いすら赦されない風潮で、けど「わかっちゃいるけどやめられない」ってのが人間の本質で、そこが変わってないのもまた事実。

うちは感性の時代がきたとき、感性を育てるから教育が大事になって、教育が重要になると先人たちの歩みを知るのが大切になってきて、その知の時代を生きるには人間は精神的に進化しなきゃならないと思ってます。

わかっちゃいるけどやめられない人間が、精神的に進化して知の時代を生きるには、自制心とか寛容の精神とか、あるいは清濁を併せ呑む度量とかが要るわけですよ。

そういった考え方を頭の隅に入れてあるだけでも、余裕を持って対処できるわけです。

今にね、影の部分まで光にさらされると、人間って基本的にアホですから、また要らん争いを起こしますよ。

変な過去とかプライドとか邪魔になりますよ。

案外、本質だけで生きるのが一番楽なんですけどねー。



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