Sの陥落、Mの発症
「佐野、くん…」
「中條?」
目の前の光景はなんだろう。
あの佐野くんが息を切らしてるなんて。
「中條課長、どこに行くんですか」
「佐野か。邪魔するなよ」
向き合う私と佐野くんの間に樫岡くんが一歩前に出る。
「樫岡部長、その人返してもらえますか」
「まるで自分のものみたいだな」
「ええ、俺のなんで」
「さっきまで失恋した中條の話を聞いてたのは俺だ」
「誤解があったみたいですね」
意味が分からない。
勝手に何言ってるの。
どれだけ私を振り回せば気が済むの。
「いい加減にして!なんなの、もう私に興味ないんでしょ…人を振り回して、面白がってただけのくせに…っ」
涙が溢れてくる。
こんなところで泣きたくなんかないのに。
流れそうな涙を拭おうとした瞬間、腕を引っ張られたと思った時には力強い腕の中にいた。
「誤解です」
「離して…っ」
「嫌です」
「どうしてっ」
「樫岡部長にあなたの泣き顔を見せたくない」
「…っ」
どうして今そんなこと言うの。
どこまでもずるい。
「中條、どうする」
「え…」
「どうしたいのか中條が決めろ」
腕の外から樫岡くんの声がする。
身動ぎするとより一層抱き締める腕の力が強くなった。
「俺を選ぶならその腕の中から奪ってやる」
「そんなこと、させるわけないでしょう…っ」
「…んっ」
腕の力が緩まり、顎を持ち上げられたかと思うと唐突に口づけられた。
樫岡くんが見てるのに。
他の人だって。
そう思うのに久しぶりの口づけに胸が苦しいほど高鳴ってしまう。
抵抗できない。離れられない。
気付いてしまった。
どんなに振り回されても、私は佐野くんが好きなんだ。
佐野くんの腕に背中を回してその口づけに応えた。
周りから見られても、どうでも良かった。
ごめんなさい。
私は、この人には逆らえない。
「…こんな役回りさせられるなんてな」
呟いて去った樫岡くんの言葉も耳に入らないほど、すべての意識が佐野くんに奪われていた。
「はぁ…っ」
「…ちょっと、ついてきて」
唇を離したあと、すぐに佐野くんに手を引かれてタクシーに乗った。
佐野くんは一言も喋らず、こっちを見ようともしない。
そもそもこの状況がどういうことなのかまだ飲み込めない。
車内は沈黙に包まれたまま、降りたのはシティホテルの前だった。
「あの…」
「いいから」
手を引かれてホテルに入った。
チェックインを終えた佐野くんに連れられてエレベーターに乗る。
さっきからほとんど会話はない。
期待と不安の入り交じる複雑な気持ちで到着した部屋へ踏み入れた。
「中條?」
目の前の光景はなんだろう。
あの佐野くんが息を切らしてるなんて。
「中條課長、どこに行くんですか」
「佐野か。邪魔するなよ」
向き合う私と佐野くんの間に樫岡くんが一歩前に出る。
「樫岡部長、その人返してもらえますか」
「まるで自分のものみたいだな」
「ええ、俺のなんで」
「さっきまで失恋した中條の話を聞いてたのは俺だ」
「誤解があったみたいですね」
意味が分からない。
勝手に何言ってるの。
どれだけ私を振り回せば気が済むの。
「いい加減にして!なんなの、もう私に興味ないんでしょ…人を振り回して、面白がってただけのくせに…っ」
涙が溢れてくる。
こんなところで泣きたくなんかないのに。
流れそうな涙を拭おうとした瞬間、腕を引っ張られたと思った時には力強い腕の中にいた。
「誤解です」
「離して…っ」
「嫌です」
「どうしてっ」
「樫岡部長にあなたの泣き顔を見せたくない」
「…っ」
どうして今そんなこと言うの。
どこまでもずるい。
「中條、どうする」
「え…」
「どうしたいのか中條が決めろ」
腕の外から樫岡くんの声がする。
身動ぎするとより一層抱き締める腕の力が強くなった。
「俺を選ぶならその腕の中から奪ってやる」
「そんなこと、させるわけないでしょう…っ」
「…んっ」
腕の力が緩まり、顎を持ち上げられたかと思うと唐突に口づけられた。
樫岡くんが見てるのに。
他の人だって。
そう思うのに久しぶりの口づけに胸が苦しいほど高鳴ってしまう。
抵抗できない。離れられない。
気付いてしまった。
どんなに振り回されても、私は佐野くんが好きなんだ。
佐野くんの腕に背中を回してその口づけに応えた。
周りから見られても、どうでも良かった。
ごめんなさい。
私は、この人には逆らえない。
「…こんな役回りさせられるなんてな」
呟いて去った樫岡くんの言葉も耳に入らないほど、すべての意識が佐野くんに奪われていた。
「はぁ…っ」
「…ちょっと、ついてきて」
唇を離したあと、すぐに佐野くんに手を引かれてタクシーに乗った。
佐野くんは一言も喋らず、こっちを見ようともしない。
そもそもこの状況がどういうことなのかまだ飲み込めない。
車内は沈黙に包まれたまま、降りたのはシティホテルの前だった。
「あの…」
「いいから」
手を引かれてホテルに入った。
チェックインを終えた佐野くんに連れられてエレベーターに乗る。
さっきからほとんど会話はない。
期待と不安の入り交じる複雑な気持ちで到着した部屋へ踏み入れた。