その件は結婚してからでもいいでしょうか

「……いいませんよ」
美穂子は頷いた。

「アシスタントの子たちにも、絶対に知られないで」
「ダメなんですか?」
「ダメだよ。どこから話が漏れるかわかんないから」

美穂子はちょっとがっかりした。
アシスタント仲間には、言ってもいいんじゃないかと漠然と思ってたからだ。

「わかりました」
美穂子は頷いた。「気をつけます」

美穂子は立ち上がって、メガネをまっすぐ直す。動揺すると鼻メガネになってしまうのだ。

「じゃあ、行ってきます」
美穂子はソファの上に置いてあった布バッグを肩にかけると、隣に通じるドアの方へと向かう。キッチンの奥にあるドアに手を伸ばそうとして、「そっからはまずいって!」と声がかかった。

「あ、そっか」
美穂子は頭をかいた。

くるっと振り返ると、下を履いてない先生がリビングの真ん中にぼけっと立っている。

「ズボン、履いて!」
美穂子はそう叫ぶと、玄関から外に飛び出した。

心臓がばくんばくんとうるさい。

これは……芥川龍之介と一緒に暮らすのと、危険度では変わらないんじゃ……。

「でも、アレは、一応、桜よりこ先生だし」

もうアレ呼ばわりだけれども。

美穂子はぶるっと身を震わせた。今日は冷える。

腕をさすりながら鍵を取り出すと、隣の部屋のドアを開けた。

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