ドメスティック・ラブ

 少しだけまっちゃんが顔を顰める。こめかみの裂傷の他に、今回負った怪我は腰やら肩やらあちこちの打撲に擦り傷。殴られた口の端が唇を少し切って痣になったくらいだった。どれも程度としては軽いけれど、今は身体を少し動かすだけで痛いらしい。もちろん私のこの体勢はそれを分かっていてわざとやっている。だってこれくらいは許されるはず。
 当然嫌がらせなのは分かっているだろうに、まっちゃんは退けろとは言わなかった。そのまま膝の上の私の頭を撫でる。

「ありがとな、千晶」

 髪越しに、まっちゃんの掌の体温を感じる。その温かさがじわりと張り詰めていた気持ちを溶き解すのが分かった。

「助かった」

「……ずるい」

「え?」

「二人になったら色々文句言ってやろうと思ってたのに、先に御礼言われたら全部吹っ飛んだ」

 御礼を言われたのは入院の手続きとかそんな事だけを指しているのではなく、多分私が例の中村君が不利になるような証言をしなかったからだろう。さっき、学校の先生方や警察に何度も確認された。まあ実際手を出しそうにはなったけれど、結果的に先に暴力を奮ったのは相手の方だったし。そもそも彼の方から絡んだ訳じゃなさそうだったし。私は見たままの事実を言っただけだ。
 後から病院にやってきた中村君と彼女、そしてその親に何度も頭を下げて謝られたのを思い出す。教師が自分を庇って救急車で運ばれる程の怪我をした事にさすがに焦ったのか、いかにも反抗的な若者と言った雰囲気だった生徒二人はすっかりとしょげ返っていた。突っ張り切れないその辺の甘さもまた進学校の生徒らしいと言えばらしい。

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